ベストフレンド | さりげないわざとらしさ

ベストフレンド

 「ススム、大丈夫だ。冷静になって考えるんだ。」ススムは自分の心に訴えかけた。
 どちらか一方を選ぶことというのは、簡単そうに見えて、実は一番難しい。しかも今回の状況は、よくドラマでありがちな「赤か青の銅線のどちらかを切る」といった子供じみた単純な選択ではないのだ。
もともとクールだと評判のススムも今回ばかりは動揺を隠せない。事情が事情だけに、他人の意見を聞く、というわけにはいかない。すべてを自分自身で判断しなければならないのだ。
ススムの脳裏にふと祖父の顔が浮かんだ。「そうか、あの人だったら迷うなんてことはなかったろう。」
ススムの祖父は、5年前に腰を痛め、亡くなった。祖父は、数十年前、その確固とした決断力を存分に発揮し、今やどの家庭にも普及した掃除機のコードの、「ここまでしか伸びない」というところに、黄色もしくは赤のテープを貼ることを考案した人物である。そのアイデアは全国主婦連から「大変助かる」、「引っ張りすぎてちぎれてしまう前の目安になってうれしい」といった意見が相次ぎ、彼のその往年のギャグ「掃除機言って」(正直言って)は、その年の流行語大賞となった。彼のその功績は当然明るみに出るところとなり、後に政財界においても大きな発言力をもつこととなる。更にその人気は国内のみならず海外までに至り、ついにはイギリスにおいてナイトの称号を得ることとなった。
そんな祖父をススムは常に尊敬し、祖父お得意のハニカンだ笑顔(元祖ハニカミ王子だ!)を鏡の前でよく真似をしたものだった。「久しぶりに真似てみるか。」そう思ったところでススムは現実にかえった。時計を見ると、あと残り数分しかない。ススムは頭を抱え、「頭よ、早く回転してくれ。早く判断を!」と祈った。
「ススムよ。」そのときだった。亡くなった祖父の声がどこからともなく聞こえてきたのだ。ススムは驚きよりも懐かしさを感じ、思わず「ジジ!」と子供のころの呼び方で叫んだ。「どこにいるんだい?」そう言ってあたりを見回してみるが、姿は一向に見えない。「き…気のせいか…」とがっかりと肩を落としていたところに、また声が。「ススム。何を迷っておる。掃除機言って(正直言って)答えはもうあるじゃろ。」あれは確かに、姿はないが、ジジの声、ジジのギャグだ。そう思ったとたん、ススムは体の緊張がみるみるうちにほぐれていくのを感じた。「そうだ。そうだね。ジジ。おれは前からこっちだったね。なれてるほうがいいんだね。」ススムはゆっくりと手を伸ばした。
もう迷いはない。ススムは履き慣れたそのブリーフを手にした。「トランクスはもう少しあとにしよう。」そう思ったススムの顔は晴れやかだった。純白のグンゼは、その笑顔をさりげなく、それでいてしっかりと明るく照らしていた。
ススム、35歳の晩秋であった。数年後彼はビル管理の仕事に就き、人生相談を利用することとなる。