「日本三大○○」!

と名の付くものはたくさんありますが、

「日本三大稲荷」というのをご存じでしょうか!


京都の伏見稲荷大社は有名ですが、

その他の2つは、

佐賀の祐徳稲荷神社と、

茨城の笠間稲荷神社だと言われております。






そして、

笠間稲荷神社を見下ろす佐白山(さしろさん)に築かれた山城が、

今回紹介する「笠間城」です!





建てられたのは、

今から約800年前の鎌倉時代で、

明治時代に廃城となるまで、

700年近くも地域の歴史の中心として機能していました!


代表的な城主は、

「忠臣蔵」で有名な浅野家のお殿様です。


「赤穂浪士」などと呼ばれるように、

浅野家は赤穂藩(兵庫県赤穂市)の藩主として知られていますが、

江戸時代の大名はコロコロ転封するので、

赤穂藩の前は笠間藩の藩主を務めていたそうです。


そんな歴史を持つことから、

登城口付近にある山麓公園には、

浅野家の家老として、

吉良上野介(きら・こうずけのすけ)邸への討ち入りを主導した、

大石内蔵助(くらのすけ)の像が立っていて、



城から笠間稲荷へ向かう途中の城下町には、

大石邸跡が残っています!



ただ実際に笠間の地にいたのは、

大石内蔵助のおじいちゃんとお父さんだそうで、

内蔵助さんは赤穂藩に行ってから、

お生まれになったそうです。


さて、

登城してみると、そこは山城!


20分ほどの山登りが待っていました。



この段階で、

これでもかってくらい蚊に食われてます!


おそらく笠間城の蚊たちは、

今後一切血を吸わずに生きていけるでしょう!


頂上付近に差し掛かると、

いよいよ石垣が登場!





さらに進むと、

天主跡が現れます!



ここにはかつて、

二重の天守がそびえていたと言います。


見えるぞ、オレには見えるぞ…!


足下を見れば、

石垣にするのを諦めた痕がある石、

通称「残念石」が転がっております。



そらに進むと、

先ほどよりも立派な石垣が!



こういった本格的な石垣は、

戦国時代末期に城主となった、

蒲生(がもう)氏の改築によるものだそうです。


蒲生氏で有名なのは、蒲生氏郷(うじさと)!


織田信長の娘を正室に迎えて将来を有望視され、

豊臣秀吉政権でも重宝され、

伊達政宗とメチャクチャ仲が悪かった名将です。


笠間城は、

氏郷さんの家老である、

蒲生郷成(さとなり)が大改築したものと言われております。


さあ、いよいよ頂上です!


と、言いたいところなんですが、

その手前でストップ。



頂上付近の石段と石垣は、

地震で崩れて、

立ち入り禁止になっております。


残念ですが、今はここまで!


それでは、最後はご当地のお土産!


笠間稲荷神社は、

かつてこの地に胡桃の木が生い茂っていたことから、

別名「胡桃下(くるみがした)稲荷」と呼ばれています。


ということで、

笠間みやげには名物のくるみ!





原産地は見なかったことにします!





またね。