6. そしてオランダへ
2016年12月18日、モスクワ経由でアムステルダムに到着した。
ユースホステルに2週間滞在しながら、まずトレーニングするジムを見つけ年間契約を結び、SNS掲示板で住む部屋を探し、オランダ生活がスタートした。
個人事業主としてYoshitaka Suzukiという会社を設立し、オランダの商工会議所に登録し、就労ビザを取得した。オランダと日本の間には100年以上前に結ばれた日蘭友好通商協定(日蘭条約)が現在でも有効で、4500ユーロの資本金があればどんな職種でも起業し、居住する事ができる。今まで住んだアメリカやイギリスに比べたら破格の優遇と言える。
問題はここからで、ヨーロッパでダンスで生きるというのはやはり簡単ではない。今回渡欧するにあたり、ダンスだけで生きる、というルールを自ら決めていた。日本から持ってきた資本金が尽きる前に生活を軌道に乗せなければならない。
近くの公民館の安いスタジオを借りて、毎週ダンスワークショップを開催した。
オランダやドイツ、イギリスのエージェントにコンタクトして、自分に合うコマーシャルなど映像関係仕事のキャスティングがあれば、どんどん情報を回してもらった。
オランダ生活を始めた頃、初めての元旦に撮影
様々なダンスカンパニーや劇場、日本文化系イベントの関係者にCVと動画を送り、踊らせてもらえる機会を探した。 ほとんどは返事も返ってこなかったが、100件に2~3件は出演する機会が得られた。しかし必ずしも出演料をもらえるとは限らない。それでも最初のうちは少しでも多くの人に知ってもらう為に、出来る限り色々な場所へ行き、踊った。
2017年から2019年まで、オランダ国内だけでなく、フランス、ドイツ、ポーランド、イギリス、スコットランドなどヨーロッパ各地に赴き、イベント出演や、自主公演ツアーを行なった。公演開催のための協賛を秋田や日本の企業にお願いし、費用に充てた。
2018年はエジンバラで毎年開催されている世界最大の芸術祭、エジンバラ・フェスティバル・フリンジにて5日間、1時間のソロ公演を行なった。世界中からあらゆるPerforming Artsパフォーマーが集まるこの場所で、自分の踊りが通用するか是非試してみたかった。
秋田の企業に協賛して頂いた日本酒(高清水、両関)、いぶりがっこ(伊藤漬物)を公演のインターバルで観客に提供し舌で味わってもらいながら、秋田の文化を融合させ創り上げたパフォーマンスを、世界中から集まる観客に見てもらった。終演後にはお見送りをし、沢山の嬉しい感想を直接聞くことができた。有難いことに複数の地元メディアから高評価を頂いた。
deadline.レビュー
Photo : Garry Platt
2018年エジンバラ・フェスティバル・フリンジ(スコットランド)
Photo : Shoko Okumura
2019年バラヌフ・サンドミエルスキ城(ポーランド)
2017年パリのイベントで踊った時、秋田出身でパリ在住の今井さんに出会った。
その次の年にパリ日本館で開催したソロ公演を手伝ってくれて、フランス人の旦那さんピエールと子供達も観にきてくれた。するとピエールがパフォーマンスを気に入ってくれて、前に自分でフランスにある藤田嗣治のアトリエ美術館に連絡をしたが返事が来なかった話をすると、彼が直接電話して話してみようと言ってくれた。
年が明けた2019年1月、彼は本当にアトリエに電話をしてアポイントを取り、わざわざ出向き、自分の藤田嗣治の秋田の行事の踊りの事を説明し、秋田で制作したドキュメンタリー映画を、学芸員責任者アンヌさんにその場で見せながら紹介してくれた。彼女はその映像を一目で気に入り、その年のヨーロッパ文化遺産の日の目玉として、踊ることを提案してくれた。
もちろん快諾し、9月の公演開催へ向けて準備が進められた。
イギリスからIrvenに来てもらい、自分もその時初めてアトリエへ出向き、写真撮影を行なった。藤田のアトリエにも入った。そこには彼がランスの礼拝堂に描いたフレスコ画の習作が壁に描かれていた。その聖母や祈る人達の前で写真を撮る時、とても厳かな、不思議な感情に包まれ、気がつけば涙が落ちてきた。
Photo : Irven Lewis
2019年メゾン・アトリエ・フジタ(フランス)
2019年に始まった秋田県若者チャレンジ応援事業にオランダから応募し、採択して頂くことができた。これにより、9月の藤田アトリエ公演にてなまはげのお面や樺細工、曲げわっぱなど、秋田の民芸品や工芸品の展示や、ドキュメンタリー映画第2弾の制作を行うことができた。
公演前日には、アトリエのあるヴィリエ・ル・バクル村の子供達約100人にダンスワークショップを行った。秋田のドンパン節に合わせた簡単な盆踊りの振付を作って教え、みんなで輪になって踊った。今回公演でも共演してくれたフランス人三味線奏者シルヴァンが生演奏に日本語での生歌も付けてくれた。
ヴィリエ・ル・バクル村の子供達へのワークショップ
今回はパリの今井さん家族以外にも、秋田からはドキュメンタリー映画撮影にメルデジタル近藤さん、バウハウス森川さん、そして秋田魁新報の安藤さんが取材に、秋田県立大の込山先生が視察に(幻の藤田美術館のCG再現映像も提供して頂き、アトリエ美術館で放映展示を行なった)、韓国からは舞台運営にパクさんが、イギリスからはIrven Lewisが写真撮影とアドバイザーとして来てくれた。
日本を離れて異国で、こんな形で世界中からみんなが集まれるのは本当に素晴らしい事だ。
滞在した1週間、村にはホテルがないので一軒家を借り、そこでみんなで共同生活した。村の小学校の先生のお家へホームステイさせてもらい、藤田の話を色々聞かせてもらう事もできた。
本番2日間の内、初日だけ快晴でアトリエの庭のステージで踊ることができた。
ステージからは藤田のアトリエの窓が見えた。
彼は見てくれているだろうか。この踊りを喜んでくれているだろうか。
ふと、そんな思いが頭をよぎった。
これまで積み重ねてきたものを、全身全霊で踊った。
この場所で踊り、この村の人達に見てもらえた事、それだけで胸が一杯だった。
踊り終わった後、最前列で見ていた女性が一枚のスケッチをくれた。「娘がなまはげをとても怖がっていたけれど、ずっと最後まで見ていたのよ」と教えてくれた。
それはヨーロッパでもらった、今までで一番嬉しい感想だった。
公演後にFred Zouilleがくれたスケッチ
この公演の模様を収録したドキュメンタリー映画は次の年に完成し、現在Youtubeに公開している。
ドキュメンタリー映画「Villier-le-Bacle」
2020年はコロナ禍で公演活動はほぼ出来ず、ダンスワークショップをZoomに切り替えて行い、何とか生活費を繋ぎ、またオランダ政府による個人事業主への支援もあり、生き延びることができた。
2021年パンデミック後に初めて、1年以上振りにオランダ国内でパフォーマンスを行ない、夏にはポーランドで2回目となる1週間の公演ツアーを行った。秋には5年振りに秋田に戻り、まほろば唐松の能楽殿にて公演を行なった。
Photo : Sho Sugano
2021年まほろば唐松能楽殿
ドキュメンタリー映画「Mahoroba」
時々ふと、不思議な人生だなと思う。
気が付けばもう25年以上踊り続けている。
たまに冷静に将来の事を思うと気が狂いそうになる。
それでもやっぱり、踊ることは楽しい。
音楽を感じ、そこに全身を浮かべるようにただ身を任せる。
身体が動き出し、心が澄んでいき、全てがひとつになっていく。
人は言葉や文化が違えども、自分の心に正直に、真摯に向き合って何かを追求すれば、みんなが共通してもつ何かを見つけることができる。
それを探す旅は、僕に生きる希望を与えてくれる。
必要だと思うときに、必要な場所へ行き、自分にできることを一生懸命する。
沢山の人と繋がり、支えてもらっている事への感謝を忘れずに。
自分の表現を信じ、これからも日々を積み重ねて、生きていく。
今これを書いているのは2022年12月31日、オランダの大晦日。
昨年、秋田魁新報WEB版に寄稿したこのコラムを、今年中に何とかブログに書き直す事が出来そうだ。軽く修正のつもりが結構時間が掛かってしまった。
外ではもう沢山の花火があちこちで上がり始めている。
今夜の月は雲と煙に隠れて見えそうにない。
来年はどんな年になるだろうか。どこに立っているだろう?
ひとつだけ確かに思うことは、
この世界にいる限り、僕は同じ月の下で踊り続けているだろう、ということだ。
Photo : Yasunori Kondo
2019年パリにてIrven Lewisと
(2021年に秋田魁新報WEB版に掲載されたコラムを一部改訂して掲載しています)