「嬉しい」という感情はかくも不確かなもので、
存在自体があやふやに思えて
「ひょっしたら幻かも?」
と疑った瞬間にはもう消えている。
「楽しい」はもっとわからない。
「悲しみ」は明確に形もってそこに存在し、
「怒り」に至っては、生まれた瞬間その炎は
永遠に胸に内に燃え続けることを約束され、
決して消えることは無いらしい。
嗚呼、人を「許す」ことができたなら!
そう切に願うが、未だ叶わず・・・。
なにが「幸福」かと尋ねられたら、
今ならたぶんこう答える。
「僕が美しいと思う花を
同じように美しいと思ってくれる人が
幸せを感じてもらえるならば
僕はそのために何でもするし、
それが僕にとっての幸せです。」
僕は、僕のためではなく、人のために生きたい。
そしてそれを心から「嬉しい」と思える自分でいたい。