糸井重里

「降り方は大切」


小倉智昭さんとの対談で
「がまんしてやっていると、自分のなにかが壊れていく時、
 けんかしてやめたり、「やーめた!」と投げ出したりするのではなく、
 やめ方が大事になってくる」と糸井さん。


うずまき状にだんだんやめていくのが理想だけれど、
降りなければならない時もあるのだという。
「そんな時でも落下だけはしたくないですね」と小倉さんも相槌をうった。
「いやになったら、やめりゃあいいじゃない」といかにも自由人らしい
糸井さんの考えだ。
しかし、世の中、そうはいかない場面が多い。
すぐに何かを作れる才能にめぐまれている人はいいのだが、
やめても何ものこらないと自分がどこかでわかっているから、しがみつく。

糸井さんは、がむしゃらに働くアメリカ人の生活を見て
「定年後の楽しみのために、今をがんがん働くってことは、
 今が楽しくないのだなあと思ってしまう」と語る。
うーん・・そんなことを考えるなんて、
糸井さんは、やはりちょっと視点の違う人だ。


「先にやりたいことは、今やりたい。
 だって先になってやれる保障はなにもないでしょう?」
確かにそうだ・・。

糸井さんの場合、奥さんの理解があるらしいのだが、
ふつうの人だとどうだろう?

どこかで家族に迷惑をかけないだろうかと考える。

そんなこといってると、何もやれないのだろうけれど。


「案ずるより生むが易し。

案ずる分だけ余計ブレーキがかかってしまう気 がして、

ぼくは自分の心の中からでてくるものを信じたい」と糸井さん。
糸井さんにかかれば、ふつうの人が難しいと思えることが、

なぜこうも何でも簡単に思えてしまうのかと、

一種、糸井マジックにかかってしまう。

最後に「人生のしめくくり」という話になって、
「僕は、魚を与えるよりも、魚の釣り方を若い人に教えたい。
 だから僕という人間の形は残さなくてもいい」という糸井さんに対し、
「僕は、形を残したい。そこから先を若い人たちがくみとり、

伸ばしていってくれればいい」と小倉さん。
ふたりの対話が対照的でおもしろかったが、
結局「まだ後の人のことを考えているよね」とそこにおちつき、
ふたりは見合って、そこで場面がきりかわった。