- 「銀のシギ」エリナ・ファージョン(岩波書店)
- 実は、私は、エリナ・ファージョンの大ファンです。
- 石井桃子さんという翻訳家が、
- とても魅力ある訳をしていることも あるかもしれませんが、
- その中でも、エリナ・ファージョンの「銀のシギ」は、
- 読んでいて、やめられないくらい熱中して、
- あっという間に読んでしまいました。
- こんなに熱中した本は久しぶりで、実は図書館で読んだあと、
- 本屋で買ってしまいました。
- 私にとっては、手元に残しておきたい1冊でもあります。
この話は、有名な演劇の脚本を、- エリナ・ファージョンが書き直したといわれています。
- 内容は、児童文学にありがちな「王さま」と「娘」の結婚にまつわる話なの
- ですが、 この話全体がとても極端です。
まず王さまの性格が、朝起きた時右足から出ればその日一日上機嫌で、 - 左足から出るとかんしゃくもちという二面性をもっています。
おまけに后候補の娘は怠け者で、その上嘘をついたことで - とんでもない事件に巻き込まれるところから始まります。
つまり娘は、嘘を本当にするために小鬼と取引をするのですが、
いきなり現れた小鬼の名前を当てなければ、打ち首になるという、- これまた極端な選択にせまられます。
たとえば初めてあったばかりの見知らぬ人の名前を当てれば大金持ち、- 当てなければ打ち首という選択にせまられるわけです。
そんな極端な設定だらけの物語で、 - どうやって収拾していくのだろう?と最初思ったものです。
思えば、名前というのは本当に不思議です。
名前ひとつで、その人の雰囲気まであらわしてしまうというか、- 「あの人にはあの名前がぴったり」と思わせてしまう魔力があります。
Gackt といえば、あのビジュアル系の姿をすぐに思い浮かべるし、 - まさかあの顔立ちで「田吾作」はとても似合いませんものね。
そう考えれば、みんなそれぞれ自分に合った名前をもっているというか、 - しっくりくるというか、長い時間かけてしっくりしてきたというか・・。
そして私なりにこの小鬼にしっくりくる名前は難だろう?と - 考えさせられたのですが、思い浮かぶはずはなく、
- 最後にその名前を聞いて「なるほど、なんとなくしっくりくるなあ」と
- だんだん思い始めた(だまされてくる?)わけです。
世の中は名前だけで力をもっている人たちがいます。
名前をきいただけで、「あの人のいうことだから間違いないだろう」と- 思ってしまうことがあります。
それは本当は危険なことなのですが、 - それが先入観というものの盲点かもしれません。
- それでも、ものの名前には、その本質をあらわす何かが、
- 本当にあるのかもしれません。
銀のシギ/エレノア・ファージョン
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