私の父は、ホームにいる。

寝たきりになって、もう長い。今まで姉が面倒をみてきたが、

父は生来のわかまま者で、姉もとうとう堪忍袋の緒が切れた。

といっても、姉は毎日のようにホームにやってくる。

「これは愛情じゃない、娘としての最後の義務だ」と割り切っていた。

私は、一週間に一度か二度、買い物の帰りに立ち寄ることにしている。

ホームに来ても、会話はない。

会話をやってこなかった親子なのだ。

父は娘のだれとも会話をしてこなかった。

父は若い頃からあまり働かず、金ばかり使う道楽者だった。

機嫌が悪いだけで、よく娘たちをなぐっていた、グーのげんこつだ。

そんな父でも、私が小さい頃、拾ってきた犬や猫に

よくミルクを飲ませてくれたのを覚えている。

根底にある情深さを、子ども心に感じてはいたのだろうか。

母もホームにいる。

骨折をしたのが、きっかけだ。

母が店をきりもりしていたが、家事のできない人だった。

そんな両親だから、一番上の姉が、ずっと泣くような目にあってきたのだそうだ。

きょうは、風が涼しくて、秋らしい気持ちがいい日だ。

カメラをもって、道端のコスモスや虫や、それからトンボをみながら、

買い物を済ませた後、ホームへむかった。

父は、いつもは眠っている。

だから顔をみただけで、すぐに帰るのだが、

父は珍しく起きていて、鼻歌を歌っていた。

「富士の高嶺に降る雪は、京都先斗町に降る雪は~」

それで私は尋ねた。

「京都へは行ったことあるの?」

「おまえは、行ったのか?」

「いつ?」

「行ったから、聞いたんだろ?」

父は、自分が動けないから、誰かがどこかへいくのが、きっとうらやましんだろう。

「行ってないよ。先斗町がでたから、聞いたんだよ」

「そっか。先斗町には舞妓さんがいるんだよ」

それからまた会話が続かない。

「もう俺も長くないよ、年だもん」という。

そういって、いつも父は20年ばかり、わがままばっかり言ってきた。

「だから今のうちに、親孝行しておきなさい」と要求するのだ。

父がそういうたびに、『どっちが長いかわかりゃしない』とひねくれものの私は、そう思う。

いつだって父は、人に優しくするということを知らず、人には優しくしてほしいのだ。

「困ったことはないか?」「無理していないか?」「体は大丈夫か?」の一言も

一度だって聞いたことはない、いつも自分にしてほしいことばかり、要求する。

父は、誰の目からみても、子どもなのだ。

「子ども」の私だから、よくわかる。

どうやら、そういう面だけ、父から受け継いだらしい。


いい大人の「子ども」の私が、父を「子ども」だというんだから、

そんな父が時々、かわいそうにもなる。