昨今、新聞には医療訴訟関連の記事が毎日のように掲載されています。こうした訴訟では、ほとんどの場合「疾患の見逃し」が問題となっています。そして、そのほとんどは癌についてです。癌に関しては見逃しが起こった後の結果が非常にわかりやすいため、このように社会的にも法的にも大きく注目されます。しかしその逆に、良性の(=死亡につながらない)疾患の見逃しについては、注目度が低く問題として認識されることすらないのが現状です。

 実は筆者は自らが医師になってみてびっくりしたことの一つが、この「良性疾患の見逃し」の多さです。医師というものは特に自分の専門外の分野に関してはいとも簡単に疾患を見逃します。さすがに癌のような悪性疾患に関しては専門外であっても見逃しはあまりありませんが、いま筆者が問題としている、死亡につながらないような良性疾患の見逃し(治療逃し)は実に日常茶飯事の出来事なのです。

 そこで、著者はこの書籍を通じて良性疾患の見逃し(治療逃し)がもたらす弊害について、代表的な疾患である片頭痛を例にとって大いに問題提起しようと思っているというわけです。

片頭痛の重症度と支障度

 「片頭痛」と聞いて、一般の方(とほとんどの医療者)が思い浮かべるイメージとしては「まあ、大変そうだけど…」という程度であってきちんとした正しい診断と治療が必要であるという、「医療がぜひ必要な」疾患であるという印象は薄いでしょう。

 しかし、長年この片頭痛のもつ健康そのものへのインパクトについて警鐘を鳴らしている世界的な機関があります。それは、あの国連組織、世界保健機構(WHO)です。片頭痛が人類にとって「取るに足らない」ような疾患でないということは、WHOの統計的な調査によって裏付けられています。ここでは代表的な二つの統計調査の結果について紹介しておきましょう。

 WHOのThe WORLD HEALTH REPORT 2001における次表は、女性の健康を邪魔している原因を統計的に順位化したもので、Migraineというのが片頭痛を示しています。
 片頭痛の日常生活への支障度は高く、人類の健康な日常を阻害する疾患の19位(女性では12位)に位置付けられています。1番がうつ病、6番が統合失調症、9番がアルツハイマー病、11番が片頭痛、14番が喘息、17位が脳卒中となっています。これを、象徴的に別の言い方でいえば、「女性全体の健康度を上げるには脳卒中対策をするよりも、片頭痛対策をしたほうが良い」ということになります。

 

The WORLD HEALTH REPORT 2001より

 

 またThe Global Burden of Disease Studyという別の調査によりますと、重症の片頭痛は患者の生活を障害する程度が「最高レベルのクラス7」に分類されるといいます。その障害の程度は、活発な精神病、認知症、四肢麻痺と同等であるとまで言い切っています。支障度がひとつ軽い「クラス6」にはうつ病、全盲、片麻痺があげられています。重症の片頭痛を持つことは、うつ病や全盲であることよりもさらに生活が障害される状態であると結論付けているわけです。

 

Matthew Menken, MD:The Global Burden of Disease Study Implications for Neurologyより

これらの調査をまとめますと、

・片頭痛は世界の疾病統計学的にも非常にインパクトの強い疾病である。
・特に症状の重いものに関しては生活に最高レベルの障害を与えるものであるということ。

ということになります。片頭痛は一般に理解されているほど「とるにたらない」病気ではありません。たとえ重症でないにしても長期に罹患するため、一生のうちに失われる生活の質と時間は大変なものになります。加えて、市販薬で対応できないレベルの症状があれば、それは人生を左右するほどのひどい持病になりえるのは想像に難くないでしょう。

 こうした重要なインパクトをもつ片頭痛ではありますが、実は現在では効果的に治療することが可能です。しかし、患者が医療機関を受診することが少なく、かつせっかく受診しても医師のレベルがあまりに低いためにきちんと診断・治療を導入されている例が少ない。こうした事実を筆者は憂いているのです。

 

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