その日の夜は楽しくてなかなか寝付けなかった。

 

 僕は基本、ママのトントンも抱っこも添い寝も必要ない。絵本を読んだあと、部屋を真っ暗にしてベビーベットに置いてもらい、おやすみを言われれば一人で寝られる。これは僕が生まれたときからの習慣だ。

 

 だがしかし、旅行先となれば話は別だ。1歳になったとはいえ、僕だってなれない環境は不安なのだ。だから眠りにつくまではママの添い寝がいい。

 

 今日も部屋を真っ暗にされ、ママが僕をベットに寝かし添い寝する。旅行のときはママと寝られるから正直嬉しい。だがしかし、横になる前までパパとおいかけっこしていた僕が、そんなに早く眠くなると思うかい?答えは否。

 

 ママのすきをついて僕はベットの端に向かい全力ハイハイした。もちろんママに捕まったが面白くて笑いが止まらない。ママが僕を抱き上げて

 

「ねんね、だよ?」

 

と言った。

 

 僕は体の力をだらーんと抜いて、ママの腕の中で反り返った。こうするのが、僕流の「寝るからベットに置いてくれ」という合図なのだ。

 

 ママが僕をそっとベットに寝かせ、自分も横になった。しかし、これでめげる僕ではない。ママの様子をうかがってそーっと寝返りをし、今だ、と高速ハイハイを始める。

 

 結局5回ほど繰り返したが、最終的にママが僕の体の上に軽く腕をのせ、寝返りを防いで寝てしまったため、僕もだんだんと眠たくなりおとなしく眠ることにした。

 

 あとから聞いたところによると、ママはその時寝ていなかったらしい。まったく、寝たふりをするなんて大人とは汚い生き物だ。

 

 リリリリリリ・・・。音がなり、目をさますと朝になっていた。パパがカーテンを開ける。そこには素晴らしい光景が僕を待ち受けていた。なんと、バス、飛行機、トラック、飛行機、トラック、バス・・・。乗り物のオンパレードだ。パパいわく、僕が泊まったのは空港が目の前のホテルなのだそうだ。

 

「おっ、おっ、おっ、おっ。」

 

 思わず声を上げて夢中でどこそこを指差す僕に、ママは「オットセイみたいだね」と笑っていた。オットセイが何かはわからないが、おそらく僕が可愛いという意味だろう。僕は1歳2ヶ月なのだ。それくらいわかる。しかしそんなことはどうでもいい。夢みたいな世界が目の前に広がっているのだ。僕の目は忙しく目の前に広がる楽園を行ったり来たりした。

  目が覚めると目の前に大きな建物があった。『東横イン』という、今夜泊まるホテルらしい。僕がボタンを押したい衝動にかられている間にエレベーターは最上階についた。抱っこされたまま廊下を進み、奥の部屋に入ると、広い空間と大きな窓が目に入った。

 

 なんてことだ、最高じゃないか!僕はできるだけ体を細くしてママの腕から脱出し、お気に入りの靴で歩き回った。この開放感がたまらない。その開放感もつかの間、奥のソファにのろうとしたところでママに止められた。よく見るとソファにはひっくり返した椅子がのせられていた。周りを見渡すとカーペットもところどころ剥がされており、しろいタオルが何枚も積み重ねられている場所が二箇所ほどある。

 

 ママとパパが少し話したあと、パパが部屋の中にある受話器をとった。

 

「ああ、もしもし?今案内された部屋なのですが、もしかしたら、あの、工事中的な何かのような気配があるのですが・・・。」


 僕は、ははあ、そういうことかと理解した。そして手を耳にあて、

 

「はろーでー」

 

 と言った。つまりパパは僕ともしもしをしたいのだ。

 

 もしもしの仕方はsiriという、ママのスマートフォンに住んでいるお姉さん ーたまにパパのスマートフォンにも現れるー に習った。ママが「hello」というと、「hello there」と返ってくるのを何度も聞いて覚えたのだ。ママとパパはスマートフォンを持って時々もしもしをしているし、これで間違いないはずだ。

 

 目の前にいるママは、なぜかニコニコと今にも抱きしめたそうな顔でこちらを見ていた。

 

 程なくして同じ階の別の部屋に案内された僕は、靴をぬぎ、歩き回り、ベットの上ではしゃいでは、降りてまた探検し、広い部屋で最高の開放感を味わった。

 そして僕はそれを見つけた。お風呂場らしき場所でママが呼ぶのでトコトコ歩いていると、それはテーブルの横の棚に佇んでいた。それは黒い箱で、開け閉めができ、その扉にボタンが並んでいたのだ。たまらず手を伸ばしボタンを押すと、ピッ、ピッ、と音がなる。なんだこれは。たまらずもう一度押して見る。ピッ、ピッ、ピッ。僕は夢中になった。

 

 しばらく僕がピッ、ピッ、ピッと鳴らしていると、ママが来た。これはキンコというらしい。大変よくできたおもちゃだと思った。こんなにたくさんのボタンがあるなんて最高じゃないか。しかも子供だましなんかじゃないかっこよさがある。

 

 お風呂から上がったあとも、僕はしばらくこのキンコというものを押しつづけた。

 パンを堪能し終わったところでベビーカーが動き始めた。なかなかちょうどよいタイミングだ。降りた電車に手を振り別れを惜しむ。かっこいい。やはり電車は見るに限る。

 

 そこからしばらくはベビーカーに揺られながら、見慣れない、変わりゆく景色と過ぎゆく人を見て楽しんだ。

 

 どれくらい経っただろうか、気の長い僕もだんだんと暇に耐えられなくなってきて、そろそろ最終手段にうったえようかどうかと考えているときだった。

 

「ばっ!ばっ!」

 

 バスだ。それもたくさんの。僕の気持ちは一瞬にして舞い上がった。近くに停まっているバス、遠くに停まっているバス、道路から入ってきて停まるバス、動き出して走り去るバス、通り過ぎるだけのバス。バス。バス。バス。無我夢中で指をさし、「ばっ!」と連呼した。

 

 おそらくここはバスの楽園なのだ。そうに違いない。なんて素敵な場所なんだろう。

 

 たくさんのバスに気を取られていると、いつの間にかママが僕のお弁当を手にし、僕はエプロンをつけられていた。今日のお弁当はママお手製のミートソースパスタだ。野菜の甘味たっぷり、お肉も入っている最高の一品。ただし、パスタはカナダで買った、ちょっと香りにクセのあるやつ。まあ食べるけれど。

 

 いつもどおり左手にフォークをもたせてもらい、おててをパチン。これをしないとうちのママはうるさいのだ。最高にお腹がへってそれどころじゃないときにだって、おててをパチンとするまで何度も促してくる。大切な食事のマナーだそうだ。世知辛い世の中である。

 

 いやしかし、バスを見ながら夕食は最高だ。なにせ食事をしている間、すぐ近くにバスが停まっていたし、ひっきりなしにバスが通っていくのだから。

 

 食事も終盤を迎えた頃、1台のバスが入ってきて眼の前に停まった。ママが慌てて僕のお弁当を片付け始める。ああ、まだもう少し食べられたのに。お腹具合に少し不満を持っているとママが僕をベビーカーから抱き上げた。嫌な予感がする。パパがベビーカーをたたみバスから出てきた人に渡すと、ママが僕を連れてバスの中に入った。

 

 ほら、予感は見事に的中。ここからバスの旅のようだ。まったく大人という生き物は暇なことが好きらしいが、僕には耐えられない。僕は暇が大嫌いなのだ。また暇になる・・・なんて思ったのもつかの間、僕は窓の外に夢中になった。車、バス、車、トラック、車。

 

「ばっ!ばっ!」

「かー!」

「ばっ!」

 

 白状しよう。まだ僕は、トラックも「ばっ!」と表現してしまう。ママに「わあ、トラックだねぇ。」と言い直されてしまうが、まあ、不便はいまのところ感じていないのでしばらくはこのままでいいと思っている。発音できるようになった音数がまだ少ない僕にとって、大人の言語を発音するのはなかなか難しいことなのだ。

 

 窓の外をみたり、ママに抱きついたり、お弁当の蓋をなげたり、パパに抱きついたり、そうこうしているうちにうつらうつらとしてきた。ママに抱きついてぬくもりと振動を感じているうちに僕のまぶたは閉じていった。

 いつものように、パパが保育園に迎えに来た。

 

 でもちょっと早いんじゃないか?今さっきおやつを食べたばかりだ。まだおままごとしてない。木の包丁を振り回してない。マグネットのお野菜切ってない。なんなら、夕方のお散歩もまだだ。でも迎えにこられたからには帰るしかない。遊び足りないが、迎えに来られるのも好きだし、パパも好きだし、おうちにはママも待ってるし、仕方がないので喜んで抱っこ紐に揺られることにする。

 

 うちに帰ると、少し様子が違う。またか、と僕は思った。パパとママが少しそわそわしている。何時に出るだなんだとお話している。これは、お出かけするに違いない。僕には分かる。なにせ生まれて1年2ヶ月も経つのだ。

 

 カチャリ。ベビーカーに乗せられベルトを締められる。ほら、思った通り。

 

 余談だが、ここ最近、このベルトというものがくせ者であることに気がついた。このカチャリとはめる動作には興味があるし、むしろ個々に離れている時は触りたい衝動に駆られる、とても気になる存在なのだが、如何せんはめられると抜けられない。僕の自由を奪うのだ。
 何度も引っ張ってみたり、押してみたり、終いには声を出して抵抗してみるのだが、どうにもならない。締められたら最後、離れないのだ。パパもママも、僕が最終手段 ーつまり泣くわけだがー に出るまで外そうとはしない。

 

 まあ、そんなことは今はいい。なにせ向かった先は、僕の好きな電車のはしる駅という場所だからだ。
「きたっ!ばっ!」
 遠くに電車をみつけたので、指をさしてパパとママにも教える。だんだん近づいてきてそのまま走り抜けていく電車に、いつもどおり手を振った。

 

 乗り物というものを見ると、なぜか気持ちが高揚する。とくにバスは最高だ。あれはおそらく僕の人生の中で最高にかっこいい乗り物だろう。

 

 さて、何本かの電車が通り抜けた後、僕らも電車に乗った。電車というのは、見てる分には良いのに、乗るとなんと暇なことか。

 

 暇なので、とりあえず他に乗っている大人たちに手を振ってみる。もちろん笑顔も忘れない。だいたいの大人が目が合うとニコッと笑って手を振ってくれるが、そうではない大人もまあまあいる。

 

 昔いたバンクーバーはよかった。バスの中でも街中でも、僕が笑って手を振ればみんなが僕を褒め称え、話しかけてきた。首筋に『狂竜』と大きく刺青の入った強面の見ず知らずの男性でさえ、猫なで声で僕にかまってくれた。

 

 まあ、昔の話をしたって仕方ない。もう6〜7ヵ月前、つまり人生の半分も昔のことだ。僕は今を生きる男なのさ。

 

 手を振るのにも飽きると、ちょうどママがパン屋で買ったレーズンパンをくれた。パン屋のパンはやはりよい。僕はコンビニのパンはあまり好きではない。とくにレーズンはパン屋のに限る。コンビニのレーズンはどうも口に合わなくて思わず口からポロっと…、まあ汚い話はよそう。