タイトル ラストマイル

公開年

2024年

監督

塚原あゆ子

脚本

野木亜紀子

主演

満島ひかり

制作国

日本

 

劇場の予告編で最初に本作を見た時は、原作付きかと思い調べたら完全なオリジナル作品というので、正直現代の邦画界で、オリジナル企画を出せる余裕があるとは思っていなかったのでちょっと驚いた。そうしたら、TBS系「金曜ドラマ」枠で放送されたテレビドラマ「アンナチュラル」と「MIU404」と世界観を共有するシェアード・ユニバース作品であるという事だった。ユニバースとなると前作を見ていないと分からなかったりするので、最初はパスするつもりだったが、ひどく好評だったので見に行った。結論を言うと、「アンナチュラル」と「MIU404」のキャラクターが、脇役でいるくらいで「なんか、えらく脇役が豪華だな」と思うくらいで、他作品を見ていなくても何ら問題はない。

人前とひとりになった時の演じ分けが見事

 

アメリカに本社を持つ世界最大のショッピングサイト・DAILY FAST(デイリー・ファスト、略称:デリファス)の日本支社最大の流通センターの西武蔵野ロジスティクスセンター(LC)はブラックフライデーの商戦で沸き立っていた。このブラックフライデーだが、元々は感謝祭(11月の第4木曜日)の翌日の金曜日の事で、北米では小売店などで大規模な安売りが実施されることに由来する。日本でも年末商戦を控え、11月には売り上げが落ち込むため消費喚起を狙って、開催されるようになったが、もともと日本にはない習慣なので、年末特需の先食いとの評価もある。どうせなら、ハロウィン商戦に一本化すればいいのに…。

しかし、配達された宅配便が顧客のもとで次々と爆発する事故が発生。1名の死者と多数の重軽傷者が発生する大事件となる。最初の事故が発生した翌日、西武蔵野LCに新センター長として福岡から舟渡エレナが赴任。明るく人懐っこく、ずけずけと懐に入り込んで切る性格に、困惑するチーフマネージャーの梨本孔らをよそに、てきぱきと仕事をこなす有能さも見せる。

初登場時のエレナを演じた満島ひかりの演技が秀逸で、暗い人間が明るく振舞っている様子を見事に演じている。後に明らかとなるが、彼女は一度仕事の重圧に負けて壊れた人間。それが休職を経て再起の為に今の仕事に就いたという、いわば絶対に失敗できない立場にあり、そんな一度壊れた人間を満島ひかりが見事に演じている。

そんな二人のもとにやって来た、警視庁刑事・毛利忠治と刈谷貴教から爆発事件の事を知らされ、更に次々と爆発事件が頻発する。最初はデリファス限定のスマホだけかと思っていたが、やがて他の商品にも波及し警察から全商品出荷停止を命じられるが、エレナの巧みな話術で共同で安全確認を行いながら出荷を継続。しかし物流の乱れの影響は次第に大きくなり、やがて医療用品にまで影響は及ぶようになる。

デリファスのモデルは言うまでもなくAmazonで、物流のシステムから配送業者叩きと言っていい過酷な流通システムなどそっくりとなっている。その一方で、そうしたシステムで現代の流通は維持されている事も、しっかりと描かれているが、本作の良いところはそうした“社会派”的要素はあくまでアクセントにとどまり、エンターテインメントが前面に出ている点だ。また、プロデューサー、監督、脚本、主演とすべて女性だが、フェミニズム的な主張は映画を見る限り皆無て、しっかりとエンタメとしての面白さが優先されている。政治的な主張が前に出過ぎて、映画としての面白さが後回しにされている、どこかの映画とは大違いだ。

笑ながら泣くこの時の演技が実に見事

 

一方で孔はSNSに、「DAILY FAUST」というデリファスと紛らわしいブラックフライデーの偽CMを発見。その中に、事件の前に「1ダースの爆弾をプレゼント」と出ていたので警察に伝えようとするが、何故かエレナは止めた。朝にはエレナ自身が警察に伝えたものの、そこから孔はエレナに不信感を抱くようになる。その頃警察はかつて西武蔵野LCのチームマネージャーだった山崎佑が捜査線上に浮かぶが、実は山崎は5年も前にLC内で飛び降りて重傷を負い、入院後植物状態におちいっていた事が判明。捜査は振出しに戻るかと思われたが、刑事の伊吹が山崎の部屋の中に女性の匂いを感じとり、マンションの防犯カメラに映った女性。そして山崎に婚約者がいた事から、彼女こそ真犯人であると断定するが、その氏名も顔も分かっていなかった。

孔は、エレナによってデリファス在籍時の山崎の記録が消されたこと知り、エレナがデリファスの福岡支社に在籍記録が無い事から、エレナこそ山崎の恋人ではないかと疑問い詰めるが、その時彼女が買った商品に爆弾が仕掛けられている事に気が付く。急いで警察に伝える孔だったが、その時エレナから本当はアメリカ本社からの直接赴任で、過去に山崎の件を告発するため渡米してきたその恋人から協力を求められ断っていたこと。その後重要な役職を経験したものの、プレッシャーに耐え切れずに休職し、今度の仕事は復帰直後であることを打ち明ける。そこに警察の爆発物処理班が到着した。

普通の作品だと警察が無能で主人公たちが事件を解決するように描かれることが多いが、本作ではユニバースという事もあり警察もちゃんと有能に描かれていて、主人公たちが捜査陣に先んじられるのは自分達が先に情報を得られる場合に限っているのもリアリティがある。それとここでもエレナキャラ造形の深さが際立っている。彼女は決して正義の味方のスーパーレディではなく、有能だけど一方で人として傷つきやすい心も持ち、保身のため隠蔽に走るような弱さも持っている。そうした人間臭さが彼女の魅力につながっている。

この二人がキャストできたことが本作最大の成功と言っていい

 

孔は山崎が使っていたロッカーに謎めいた落書きある事を告げるが、その内容は、LCでベルトコンベアの動きを自分が飛び降りることで止めることと推察された。それは生前の山崎がブラックフライデーへの恐怖を裏付けるものだった。

 

本作には粗筋でも書いたとおり、Amazonをモデルにした巨大流通産業の内幕が描かれている。アメリカ本社の役員から日本支社のトップ。現場を指揮するセンター長に、運送業者。そして末端の個人経営の請負運送屋。そして物流に依存する一般人に至るまで、あらゆる物流に纏わる人々のそれぞれの事情を網羅したような凄まじい作品だ。しかしそうした社会派的な要素が前面に出ているかと言えばそんな事は無く、あくまでも本作の骨幹はエンターテインメント。日本の物流を網羅する巨大流通産業が運ぶ荷物に爆弾が仕掛けられ、それがどこで爆発するか分からないというスリリングな展開と、果たして犯人は誰でその目的は何なのかという点。そして次第と明らかとなる主人公の過去と、実は彼女が事件の犯人と接触があったという事実にある。こうした一見関係ない複数の出来事が、最後に一つに重なるのは脚本の出来が悪いと目も当てられない事になるが、本作の場合それが見事に成功しているうえに、上記のような社会派としての側面まで綺麗に網羅できている。

いい味出してるこの二人

 

また日本の場合この手の作品だと、過度に犯人に同情的になる傾向があり、本作でも少しは見られるが、それでもある仕掛けで犯人にあまり同情が集まらないようにしているのも悪くないところ。とはいえ「テロリストに名前はいらない」というのが当たり前の欧米に比べると、この点はゆるいと言える。

そうした物語の面白さと同時に、本作のキャラクターは魅力的。ヒロインのエレナのキャラ造形は、過度の正義の味方になるでもなく自分の弱さを覆い隠すために明るく振舞い、そして犯人の事を知りつつも一度は隠蔽に走るなど弱さも持っている。そして、もう一人の主人公の孔は、彼女振り回されつつも、自発的に山崎のデータの検索を命じられたことから、エレナの不信感を抱くほどの優秀さを垣間見せ、彼女の正体を知って以降はバディとなっていく。更に下請けの会社幹部やさらにその下の個人配送者等、登場人物全員に魅力的な味付けがなされている。最初は不満たらたらでやる気もなかった宇野祥平演じる亘が、最後には大活躍するのも熱くなるポイントだ。ただディーン・フジオカが演じた五十嵐だけがちょっとステレオタイプだったのが気になる程度で、彼以外の人物描写は見事としか言いようがない。

我々の便利な生活が誰かの犠牲で成り立っているという事は、今後も頭の片隅にでも置いていた方がいいだろう。とはいえ、薄給でこき使われる末端の配送業者たちだが、ラストで折角勝ち取った配送料アップも、それほどでもないというのもやるせなくなるが、もし仕事が無くなったら生活が立ちいかなくなるのもまた事実だ。この辺りは社会がその利便性に対してどれだけリスクを負担するかという、我々利用者に問いかけられているのかもしれない。