タイトル 憲兵とバラバラ死美人

公開年

1957年

監督

並木鏡太郎

脚本

杉本彰

主演

中山昭二

制作国

日本

 

元憲兵隊という異色の経歴を持つ作家、小坂慶助の原作「のたうつ憲兵 : 首なし胴体捜査68日」を元に脚色したのが本作。小坂慶助は226事件の時、岡田啓介首相の救出にあたった人物で、以前紹介した東映映画「二・二六事件 脱出」で高倉健が演じた小宮曹長のモデルとなった人物。ちなみに原作は57年に単行本化されているから、その手回しの良さはこの頃の日本映画界の底力をうかがい知る事が出来る。

二人の恋の行方も気になるところ

 

監督の並木鏡太郎は1926年にマキノ・プロダクションに入社からキャリアをスタートさせ、その後帝国シネマ、東活映画社、嵐寛寿郎プロダクション、市川右太衛門プロダクション、東宝と様々な映画会社でメガホンを撮り、新東宝に至るが60年に引退しているので、本作はそのキャリア最終版の映画となる。こうして経歴を眺めると、日本映画界を支えた名監督には間違いないが、あまり長続きしない映画会社と縁があるで、一番脂がのっていた時期に、映画会社を渡り歩き、戦争中は舞台の台本を執筆しているのが残念な気がする。

昭和12年10月に仙台歩兵第四連隊の炊事場附近の井戸の中から、妊娠した女の胴体が発見される。仙台の憲兵隊は直ちに捜査に着手するが、当地の警察と意地の張り合いで協力を得られない事から難航。そこで、憲兵隊司令部は東京の腕利き憲兵小坂曹長が助手で仙台出身の高山と共に派遣された。

主演の中山昭二が登場するまで、仙台第四連隊の様子が描かれるが、絵に描いたような古参兵による初年兵いじめが横行する。そして憲兵隊と警察の意地の張り合いと、当時の軍隊はどこでもそうだったのだろうと思わせる軍の負の部分が克明に描かれる。なお、劇中仙台歩兵第四連隊が満州に駐屯すると描かれているが、実際に第四連隊は昭和12年4月に満州に出征していて、この時仙台には招集された新兵を教育する留守部隊が残留している。

鮎川浩は70年代まで活躍が見られるが、その後の動向は不明

 

東京の司令部の介入に当然面白くない仙台の憲兵隊。特に実際に捜査にあたる下士官たちは徹底的に非協力。そこで警察の協力を取り付け、高山の幼馴染の姉・喜代子が経営する小料理屋の2階に下宿する事にする。

捜査の結果、当時炊事班長をしていた恒吉軍曹が浮かび上がる。事件があったと思われる当夜、ある兵士に井戸の周辺で荷物を小脇に抱えているのが目撃されていた。それに彼は女出入りが激しく、馴染の文子という女給が行方不明になっていた。一方、小坂は遺体を切断する場所として連隊の手術室に目を付けた。そこで病院の霊安室の傍の古井戸をさらわせると、頭蓋骨に、両手、両足が発見された。これを受けて仙台の憲兵隊は犯人を恒吉と断定し、連日激しい拷問を彼にかけ自白を強いる。

この恒吉を演じているのは天知茂。この頃はようやく悪役などで注目を集め始めた頃で、明日のスターを夢見て頑張っていた頃。本作では、憲兵による逆さづりにされた状態で水をぶっかけられると言う過酷な撮影に耐えていた。彼がその努力が報われるのは、2年後に「東海道四谷怪談」で民谷伊右衛門役を射止めてからだ。

一方、犯人は他にいると考える小坂は、連隊の満州出動前、毎日連隊から病院に派遣される4人の下士官の中に、手術室から厳重に梱包した荷物を連隊に運んだ君塚軍曹が捜査線上に浮かぶ。そして女の頭蓋骨の虫歯の治療痕から、彼女は伊藤百合子であることが判明し、君塚とは深い仲だったことも知れた。

この頃の新東宝の作風や、タイトルで判断するとエログロ路線のB級映画の様な先入観を持つかもしれないが、意外にもまともなミステリー映画となっている。まだ最初に述べたとおり、当時の軍隊の理不尽さや憲兵の恐ろしさもちゃんと描いていて、軍隊映画としての側面もある。この頃は、まだ本物の軍服もかなり残っていたのだろうが、出演者が着る昭和5年式軍衣に憲兵たちがつける32年式軍刀(すでに95式軍刀が採用されていたがまだ全部隊に配備されていなかった)。そして、憲兵の聴取を受ける兵士が公用腕章をつけているところなど、その細かさには目を見張るものがある。この頃は、まだ軍隊経験者が大勢いたから下手な描写は出来なかったし、現場で意見を取り入れる事も多かったのだと推測する。

エログロ映画を期待すると肩透かしを食らうが、本格ミステリー、そしてミリオタはかなり面白く感じると思う。また、女優陣の清楚な美しさも見どころ。主人公の小坂と小料理屋の女将。さらに高山と女将の妹との一寸ぎこちない恋愛模様もまた魅力。