タイトル 遊星からの物体X

公開年

1982年

監督

ジョン・カーペンター

脚本

ビル・ランカスター

主演

カート・ラッセル

制作国

アメリカ

 

ジョン・カーペンター監督が、幼少期に見て衝撃を受けたハワード・ホークス製作の古典的名作「遊星よりの物体X」をリメイクしたSFホラー映画。SFホラー映画の金字塔と評されるほど高い評価を得ていて、カーペンターの代表作と呼ばれることが多いが、製作費1500万ドルに対し、北米興行収入は1900万ドルとそこまでの大ヒットとはなっていないのは意外。テレビでも繰り返し放送され、ビデオや円盤などの収入から現在ではかなりの収益を上げていると思われるが、この辺りは観客が限られるジャンル系映画の難しさと言っていいと思う。

本作を語る上で外せないのが、ラストシーンの解釈だと思うが、現在に至るまでラストは様々な考察がなされ、2016年に撮影監督のディーン・カンディが、「エイリアンに取りつかれた死体の目の中に、特定の光の輝きが見える」と発表し、最後のシーンでキース・デビッド演じるチャイルズの目に光の輝きが見えるということで彼がエイリアンに乗っ取られている事になり、この論争は決着したと思われたが、その後カーペンター監督は、「(カンディが)知っているはずがない。彼が照明をつけたんだ」とばっさり切り捨て、「とんでもないたわ言だと、彼に言っておいてくれ」と一蹴した事で振出しに戻った。カーペンターは「真相は誰にも話していない」とのことなので、彼が口を開くまで藪の中という事らしい。しかし、続編を作る気はない様なので、せめて遺言状に書いていて欲しいものだ。

映画は1頭の犬を追うヘリから始まるが、普通犬はどんなに速く走ってもせいぜい50キロ/時ぐらいで、ヘリなら簡単に追いつくはずだがそれを言っては映画が始まらない。散々気を持たせ、遂にアメリカの基地に達し犬はアメリカ人隊員に「助けて」とばかり縋りつく。この後ヘリの1人が手榴弾を自爆させ1人は倒され、もう一人は犬に向けて銃を乱射したので、基地司令官のギャリーに射殺される。いったいどういう状況を想定して、南極の基地に銃器が置いてあるのかは不明だが、ひょっとして南極でソ連と戦争でも始めるつもりだったのか。もっとも犬ぞりを使っていた頃は、日本も猟銃を持ち込んでいたらしいが。ちなみに1991年に締結された「環境保護に関する南極条約議定書」により、環境保護のため南極に動物の持ち込みが禁止されている。本作ではギリOKだが、宇宙生物の発見が10年遅かったら、同化するのは大変だったことだろう。

襲撃してきたのがノルウェー隊であることが判明し、マクレディ達は彼らの基地に向かうがそこで見たのは数体の人間が重なって癒着し、苦悶の表情を浮かべながら融合している“塊”。彼らは基地に持ち帰ると、それらの臓器は完璧で異常は見られないということが判明。

その夜、保護した犬を檻に入れると急に変形し他の犬たちを襲い始めた。隊員たちが駆けつけると、そこにはノルウェー基地で見つけたような、融合した犬の塊が転がっていた。それを火焔放射器で焼き払う隊員たち。何故南極に火炎放射器があるのかという突込みは野暮。

ノルウェー基地で押収した記録フィルムから、約10万年前のものと推測される氷の層にある円盤型の物体を調査している場面だった。更に、持ち帰った死体が蘇り一人の隊員を襲う。その何かは襲われた隊員と同化して寸分たりとも変わらぬものになっていた。その何かは倒され焼却処分された。

調査の結果、何かは取り込んだ生物に同化・擬態して更に増殖できることが判明し、コンピュータの計算によると、人類の文明社会に解き放たれると約2万7000時間。つまり約3年で全人類が同化されることが判明する。これを受けて基地は外部と接触を断つがそれにより隊員内に深刻な疑心暗鬼を生じさせることになる。

世界中の青少年にトラウマを与えた名シーン

 

この後で有名なノリスが手術中に変形し、隊員たちに襲い掛かるシーンを経て、採取した血液を使い乗っ取られているものを探し出すシーンへと繋がるが、CGが無かった時代、特殊メイクと造形だけでなく、巧みな演出とカット割りでこの映画史に残る名シーンを作り上げたカーペンターは、流石に凡庸な監督ではない。ただ、久々に本作を見直してみてこの何かとは本当に円盤を作った知的生命体なのだろうか?という疑問が頭を離れなかった。

冒頭で円盤に乗って何かは地球に来たことが説明されているが、本編の描写を見るととても超光速航行が可能な円盤を作れるような知性がある生き物に見えない。ひょっとしたら知的生命体は他にいたが、死体は10万年の間に風化して痕跡を残さず消えてしまい、彼らが連れてきたペットの様なものが解き放たれたのかもしれない。全く厄介で迷惑なペットだが、知的生命体は滅亡に瀕していて完全に制御出来ているペットで、労せずして可住惑星をその文明ごと乗っ取ろうと思っていたのかもしれない。この辺りもカーペンター次第といったところだ。

このシーンの正解はいまだカーペーンターの頭の中にしかない

 

ノルウェー隊はなぜ犬を殺そうとしたのかという、緊張感あふれる冒頭から、犬が正体を現すまでのスリリングさ。そしていよいよ正体を現す何かとの戦いと、隣にいる者が信用できず疑心暗鬼から恐怖が広がる中盤。そして戦いを終えた生き残った二人が静かに対峙するラストシーンに至るまで、一瞬も息を抜けずぐいぐい引きこまれる展開。そしてこの手の作品にありがちな、事態を悪化させるクズキャラが本作にはいない。マクレディは早い段階で何かの性質に気が付くし、その後隊員たちは疑心暗鬼に陥りながらも、冷静に事態に対処していく。それだけに、次々と憑依を繰り返していく何かの恐ろしさが際立つというモノ。脚本、演出、演技とどれをとっても文句がつけようがない傑作で、絶頂期のカーペンターの凄さがよくわかる名作だ。