タイトル ヴィーガンズ・ハム

公開年

2021年

監督

ファブリス・エブエ

脚本

ファブリス・エブエ バンサン・ソリニャック

主演

マリナ・フォイス

制作国

フランス

 

21世紀になっても日本に入ってくる欧米の情報は、ワンテンポ遅れた(あるいはずれた)ものとなる事が多い。例えば、日本ではいまだに盛んに提唱されることが多い「SDGs」だが、Google先生によると、「SDGs」の検索数は日本が世界で圧倒的に多く、主要先進国では「SDGs」はGoogle検索の対象にすらなっていないという、不都合な事実は日本ではほとんど知られていない。これに関しては、他のワードで検索されているという主張もあるが、国連の発表によると中国が「SDGs」が進んだ国とされ、グテーレス事務総長が称賛するという笑えない冗談もあったりする。

タイトルからわかるとおり、本作はヴィーガンが取り扱われている。日本だとヴィーガンや動物愛護運動は無条件に称賛されることが多いが、本作を見ると違った印象を持つかもしれない。ただ、内容が内容だけにあまり人に、勧められるようなものではない事もまた事実だが。

普通に考えたら「イラン豚」なんでいるはずないんだが

 

主人公のソフィーとヴァンサン夫婦はフランス中央部の田舎町、ムランで肉屋を経営するしている。ヴァンサンは職人気質に肉質にこだわりすぎる音から、お世辞にも繁盛しているとは言い難く、ソフィーの友人で大きな精肉チェーンを経営する、ステファニーとマルク夫妻と、大きな差がついてしまった。

そんなある日、店がマスクをかけた過激なヴィーガンに襲われ、ヴァンサンは一人の男のマスクを剥がし素顔を見るが、他の仲間からボコられてしまう。更にステファニーとマルクからいつものように嫌味を言われ、押し付けがましく猟銃をプレゼントされ腹立たしさ倍増。その帰りに偶然マスクを剥がしたヴィーガンを見かけ、後先考えずに引き殺してしまった。冷静になった二人は仕方なく店に死体を運び、解体して捨てようとするが、その際ばれないようにした井出ハムを作っていたが、それを何も知らないソフィーが売りに出したところ店は大繁盛。ソフィーは試食して、そのおいしさに大絶賛。なんと、ヴィーガンの肉は美味しかったのだ!

二人にとって天敵だが、ラストでは意外な活躍が

 

人肉を食した経験が無いのでわからないが、人間は雑食だから肉が硬くてまずいと聞いた事がある。そうすると、ヴィーガンは草食だから美味いのか?って、そんなこと言ってる場合じゃないだろう!!

慌てたヴァンサンは後でその事を伝えるが、ソフィーはそれがどうしたの?状態で、これを売れば儲かるから次の獲物を見つけましょうと宣う。彼女に引きずられるように、ヴァンサンはヴィーガンを探すが土壇場に一歩踏み出せない。もっともこの辺りは当然で、ソフィーの方がおかしいのだが、いきなりサイコパスにならない辺りに、逆にリアリティを感じてしまう。

そんなある日、店を襲ったヴィーガンたちとマルクが経営する精肉店を襲撃。長年のうっ憤を晴らしヴァンサンが上機嫌だが、ソフィーは忌々しいとは言え、自分の親友の店を襲う事が出来ず車で待機。ここの両者が逆転するところが面白い。

しかし、ヴァンサンは人殺しに踏み切る事が出来なかった。そこでソフィーは一計を案じ、ヴィーガンの青年を誘って浮気をすると怒り心頭に達したヴァンサンが青年を撲殺する。それからはタガが外れたように、ヴィーガンを“屠畜”しハムに加工して売る日々。材料を問われ「イラン豚」と、これまたいろいろと問題をはらみそうな名前を付ける二人。暴走する二人だったが、それでもヴァンサンは女性だけは殺したくないという態度を頑なに取り、また娘のヴィーガンの恋人から罵られ彼を殺すようにソフィーから言われた時も断る。この辺り。ソフィーは完全に歯止めが利かなくなっている。

嫌気がさしたヴァンサンは、店じまいを考えるが、そんな中次々とヴィーガンが行方不明となっている事に、ヴァンサンが絡んでいると睨んだ、最初にヴァンサンの店を襲った過激派が再び店を襲おうとしていた。

ヤバい事を通して夫婦の絆を取り戻す二人。頼むから他の事をしてくれ

 

ヴィーガンを殺してハムに加工し売るという、サイコパス夫婦を描いたもので、明らかに悪は肉屋なのだが、見ているとどうしてもこのサイコパス夫婦に感情移入するという、どうにも困った映画だ。ラスボス戦はその活動家たちと夫婦の対決となっている。更にヴィーガンの方がゾフィーを人質にとるという、悪役の常套手段を取っているので、作り手もヴィーガンの活動家のやばさを描きたかったものだろう。日本に来る情報以上に。ヴィーガン(特に活動家)はあちらでは嫌われているのかもしれない。

ただ、肉で採れる栄養を植物でも採れるのもまた事実。一部のヴィーガンのセレブがやせ細った写真が取り上げられることが多いが、同時期に撮られたほかの写真から、アングルや光線でそう見えた可能性が高いものが多く、格別ヴィーガンが不健康なわけではない。ただ、やはり肉で採れる栄養を植物で摂るのは楽ではなく、よほど注意して食事の管理をしないとリスクが高まるので、肉食を廃して健康を維持するにはある程度お金が無いと難しい。実際、2023年の夏にヴィーガンのロシア人のインフルエンサーが餓死したと報じられたが、彼女は6年間 水を飲まず、フルーツと野菜ジュースで過ごしたというから、むしろ良く6年も生きられたなと思うほど偏っている。その意味で、ヴィーガンとは都会に住むセレブしかやれないと言えるだろう。

個人的にヴィーガンに関しては、彼らが肉を食べない自由は十分尊重するから、我々が肉を食べる自由も尊重して欲しい。ただそれだけなのだが、どういう訳か彼らの中には、肉食を野蛮とみなして、どれだけ攻撃しても構わないと思っている過激な活動家は一定数いて、それらに対する反発も当然ながら大きい。本作ではそうした事もあるのだろうが、それを正面から取り上げるのではなくコメディ、それも相当なバカバカしさの中に落とし込み、かつ殺人鬼を肉屋にして、そっち方面からの攻撃をかわし(切れていないと思うが)、返す刀であっち方面に喧嘩売るという、清々しいまでの全方位に喧嘩売るスタイル。

主演のマリナ・フォイスは「シャーク・ド・フランス」にも主演していて、ジャンル系女優かと思ったら、過去6度もセザール賞にノミネートされた実力派。本作の静かなる狂気の演技は見事としか言いようがない。

ただ、コメディタッチとは言え描いているのはカニバリズムだし、解体シーンは結構グロいし、明らかにヴィーガンに悪意を持って描かれているので、そっちの運動にシンパシーを感じている人は激おこ必至なので、かなり観客を選ぶ映画。途中で「あっ!これ無理!」と思ったら、後半で作風が変わる事はないので視聴を辞めた方がいいと思う。それでもいいという豪の者はU-NEXTとAmazonプライムで今なら見放題で見る事が出来る。勇者に幸あらんことを。

一時ヴィーガンで激やせと報じられたエマ・ワトソン(上)。実は同時期に撮った写真(下)は至って普通。

光の具合や向きが原因と思われる。ちなみに彼女は野菜中心の食事を心がけているものの、肉類を絶っている訳ではないとのこと