タイトル マリウポリの20日間

公開年

2023年

監督

ミスティスラフ・チェルノフ

脚本

ミスティスラフ・チェルノフ

主演

 

制作国

ウクライナ・アメリカ

 

ロシアによるウクライナ侵攻開始からマリウポリ壊滅までの20日間を記録したドキュメンタリー映画。監督のミスティスラフ・チェルノフはウクライナの映画監督、従軍記者。彼は仲間と共に包囲されたマリウポリで20日間を過ごしがそこで見た事がとらえられている。その後、チェルノフはアメリカのドキュメンタリー放送チャンネル「フロントライン」とAP通信のチームと共にマリウポリで集めた映像を編集。現地から配信したニュースや、彼の取材チームが撮影した戦時下のマリウポリ市内の映像をもとに映画として完成させた。

2024年・第96回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞し、ウクライナ映画史上初のアカデミー賞受賞作となった。また、取材を敢行したAP通信にはピュリッツァー賞が授与されている。日本では2023年にNHK BSの「BS世界のドキュメンタリー」で「実録 マリウポリの20日間」のタイトルで放映されたので、見た人もいると思う。そちらは未見なので、どの程度の違いがあるかは不明だが、本来あちこちに転がっているであろう、本作でも直接的なグロ描写は出来るだけ避け、5体満足でない死体などは慎重にカットされているようなので、だいたい同じだと思う。

ドキュメンタリーなのでストーリーはないものの、監督のミスティスラフ・チェルノフがハルキウ市内でロシアによりウクライナ侵攻を迎え、ロシア軍は要衝のマリウポリに向かいと判断し、同僚のカメラマンのエフゲニー・マロレトカを始めとする取材チームとマリウポリに向かい、そこで取材を開始。他の記者たちは次々と退去する中、マリウポリ市内で取材を続け、そこから脱出するまでの20日間が描かれている。主な舞台は映画で“第2病院”と呼ばれる病院で、冒頭はそこに“Z”が描かれたロシア軍の戦車が迫り、砲塔を病院に向けるところから始まる。

そこから開戦当日に時系列はさかのぼり、チェルノフ達が取材を始める。当初ロシア軍は「軍事目標しか攻撃しない」と宣言していて、それを真に受けたチェルノフは出会った中年の婦人に「民間人は攻撃されないから家に戻りなさい」と忠告する。だが、その直後に何もない民家にロシアのミサイルが命中し、ロシア軍の発表は嘘だと発覚し、プロパガンダの嘘が秒で分かる展開。戦局が行き詰まって無差別攻撃に切り替えたのかと思っていたが、最初からロシアは無差別攻撃を行っていた。

その後、病院には次々と負傷した人が担ぎ込まれる。最初は救急車が動いていたが、それも間もなくなくなり人々は家族や隣人を、人力で病院へ連れてこなくてはいけなくなる。それでも市外に脱出した市民は4分の1程度で、誰もロシア軍がやって来るとは思っていなかったようだ。この辺りは当初のロシアが垂れ流した「これは特別軍事作戦で、ウクライナ全土の支配を目的としていない」というプロパガンダの効果があったようだ。人々が状況が絶望的だということを悟った時は、既にマリウポリはロシア軍によりじわじわと包囲されていた。

次第に絶望的になっていく姿を、カメラは冷静に追っていく。家族を失い家を失い、病院の廊下で呆けたようになりただ座っている市民たち。あるいは泣き叫び、怒りの矛先を取材陣や近くの人に向けるもの。そんな中でも職務を全うする医師や看護師たち。そこには英雄はなくただ、理不尽な暴力で右往左往する弱者がいるだけ。そして彼らの頭上に、ロシア軍の爆撃は容赦なく降り注ぐ。ウクライナ軍の抵抗で進撃は遅いものの、それでも着実に迫るロシア軍。ロシア軍は水道、電気、ガスといったインフラを寸断し市民を兵糧攻めにしたことから混乱は拡大する。やがて外国人記者が退去すると、通信も遮断した。これにより情報を得られなくなった一般市民に恐慌が広がる。彼らが唯一得られる情報は、ロシア側のプロパガンダ放送だった。そして、通信途絶はロシアの蛮行を、外部に伝える手段がなくなることを意味する。そんな中でも、チェルノフは数少ない電波が届いている場所から、外部へ断片的ながらも情報を送り続ける。それはロシアの急所を突いたらしく、ロシア側は必死に「それはフェイクニュースだ」キャンペーンを張り始める。ただそれは同時に、チェルノフらがロシア軍に捕まったら殺されるか、「あれはフェイクだった」というまで拷問されるかを意味した。命がけで真実を伝えるとはこういうことだ。絶対噛みついてこない相手しか噛みつかない、どこかのマスコミに見せたいものだ。

17日目に、知り合った警官の計らいでウクライナ軍の特殊部隊が彼らを救出に来て、外部に脱出する赤十字のいる病院まで送られるが、既に車列は出た後でそこで警官の車に同乗させてもらい赤十字を追う。ロシアの占領地帯を抜けるまで15ケ所も検問を超える必要があったが、それはロシアの占領地帯が如何に分厚いかを物語っている。

映画はこの“第2病院”から赤十字のいた病院までの3日間は描かれていない。恐らく、関わった人がロシアの報復を受けることを防ぐため、わざとカットしたのだろう。それにしても、良く脱出できたなと感心するが、ロシア軍御検問は非難する車に比べ人員は少なく、車の捜査も結構ザルだったようだ。この辺り、ロシア軍の練度と士気の低さが幸いしたといった感じだ。

今ではすっかりニュースになる事も少なくなり、たまにニュースになったかと思ったら親元外務省で有名な親露派の作家が、自説を垂れ流すだけの報道だったりする。仮に彼らの主張が正しくて、今回の戦争はロシアだけを非難できるものではないとしても、ロシア軍の攻撃で命を落とした数多くの市民に何の罪があるというのだろうか?この戦争がどういう形で決着するか、あるいは本当に決着するのかはわからないが、少なくとも侵略者が得をするような形で終わらせてはいけない。

「そんな事わかってるよ」というかもしれないが、テレビで“識者”と呼ばれる人は、結構「即時停戦」等と言ったりしている。そして「ロシアは撤退しろ」とはなかなか言わない。それは取りも直さず、侵略者に得をさせる事になるのに、だ。