タイトル 無名

公開年

2023年

監督

チェン・アル

脚本

チェン・アル

主演

トニー・レオン

制作国

中国

 

名優トニー・レオンと、中国の若手俳優ワン・イーボウが共演したスパイ・サスペンス映画。第2次世界大戦下の上海を舞台に、中国共産党・中国国民党・日本軍のスパイたちの暗躍をスリリングに描いた。香港映画界の重鎮・トニー・レオンと現代中国を代表するワン・イーボウの共演ということで話題を呼んだ。

ただ、本作に登場するのは汪兆銘政権と日本軍。そして中国共産党のスパイたちで、蒋介石側のスパイは、冒頭に登場するジャン・シューインぐらいしかいない。

タイトルの「無名」というのは、祖国のために戦った無名の戦士たちという意味があるのかと思ったら、チェン・アルは「私は登場人物に名前を付ける事が苦手だから」という事らしい。何か言えない理由があるのかもしれないが、とりあえず公式だとそんな事になっている。

本作の粗筋だが、時系列がぐちゃぐちゃでフラッシュバックが多用されていて、何度かいてもうまくまとまらず、公式の説明をそのままコピペしようかと思ったがそれも悔しい。そこで、分かる範囲で時系列に沿って書いている。その為、後で判明する事もしっかり書いているので完全ネタバレておなっている。まだ未見の人はブラウザバックを推奨する。

この冒頭のトニー・レオンは必見

1938年の広州爆撃で避難する者の中に、フーがいた。また日本軍爆撃機に、愛犬ルーズベルトと乗り込む大山公爵がいたが、帰還中に彼の爆撃機は海に墜落してしまう。

1941年にフーは、渡辺中佐が指揮する汪兆銘政権の「政治保衛部」主任となって上海にいた。政治保衛部には他に部長のダンがいて、彼はフーの従兄。他に隊長のワンとイエがいる。フーとイエは中国共産党のスパイで、フーの妻チェンも共産党の工作員で、やはり工作員のジャンと夫婦の振りをして任務に就いている。フーとチェンは直接連絡する事が出来ず、ケーキ屋のお菓子の箱の中に手紙を仕込むことで文通していた。イエのフィアンセ・ファンも共産党の工作員でダンサーに変装して日本の要人を誘い出し、密かに暗殺している。ただ、イエは登場時にはまだスパイではないようだ。

タン部長の暗殺に失敗した、国民党・重慶政府のスパイ・ジャンが処刑されることになる。渡辺は彼女を助けようとするが、汪兆銘は処刑を許可してしまった。しかしフーはジャンと取引して、命を助ける代わりに、上海にいる日本の要人リストを入手する。

その頃、上海の日本料理の料亭で加藤を始め政治保衛部の面々が集う宴席で、加藤はうっかり「6月にドイツはソ連を侵攻する」と漏らしてしまう。その準備のため、密かに日本と重慶・国民党との間で和平交渉が行われていたのだ。東西から挟撃されればソ連は危うい。そこでフーはジャンからもらったリストの中から、丁度上海に駐屯する日本軍に武者修行の為入隊していた大山公爵の弟がいることを見つけた。兄が戦死したのち、家督を継ぐため密かに修練していたのだったが、その事をチェンに伝え、共産党の工作部隊が大山公爵のいる部隊を襲撃。彼の死は事故として扱われたが、その事から加藤の立場は悪くなってしまう。更にこの件から、日本・重慶政府ともに相手に不信感を抱き和平交渉は頓挫。日本は対米戦争に舵を切る。

見方によっては、共産党から抜けたとも取れるが

 

ファンは、イエとの関係を清算して任務に精進しようと考え、別れを切り出す。その事で動揺したイエは、日本兵をボコる事で発散するが、翌日ファンが乱暴の末殺されたことを知る。ワンはかねてからファンをものにしようと企み、彼女が共産党員であることをネタに脅迫するが断られ、暴行の末殺したのだった。恐らくイエが、共産党に転向したのはこの頃と思われる。

一方渡辺はダンとフーが従兄弟同士であることを知り不信感を抱き、イエを味方にして二人を監視させるが、これは獅子身中に更に虫を放つようなもの。

太平洋戦争が始まると、連合国の疎開は日本軍によって摂取される事態となる。活動が制約され、自分達に追手が迫りつつあると感じたジャンは、チェンを連れて逃げようとする。仮面夫婦だが5年間も一緒にいるだけに次第と彼女を愛する様になっていたが、チェンは「自分には夫がいる」と言って冷たく拒絶する。そりゃ周迅だからな。誰でも惚れるだろう。しかし50歳近くてあの美しさは反則だ。

この事からジャンは政治保衛部へ投降しようとする。応対したフーはにこやかに対応するが、彼がチェンを知っている事を知り彼から情報を引き出すと、チェンが持っていた拳銃で彼を射殺する。そのあと食事をするフーのワイシャツの袖には、血のしみがついていた。

その後で、チェンを訪ねるフー。渡辺はイエにフーを捕らえるように命じ、チェンのアパートに踏み込むと、激しい戦いが繰り広げられ重傷を負いながらもフーを捕らえチェンは死亡したと報告したが、実際には逃がしていた。しかし、それ自分を完全に信じていない渡辺に、ワンを潜り込ませようというフーの策略だった。この事がきっかけとなって渡辺はイエを副官にして信頼するようになる。そして、もう一人の局員ワンも、フィアンセの仇を取ろうとしたイエによって殺され、彼の死体を処分して行方不明とする。

 

戦局は悪化し日本の敗北は避けられない情勢に、渡辺は精鋭部隊が立てこもる満州が大日本帝国のかなめになると説き、関東軍の兵力配置図をイエに見せた。しかしソ連の参戦で満州はあっけなく陥落し日本は降伏する。この頃の関東軍は、主力を南方や本土に引き抜かれ、大半の兵士は現地で招集された素人。武器も重火器はほとんどなく、ある鉄工所は関東軍の参謀に「大砲を作ってくれ。100mも飛べばいい」とまで言われていた。結局作れずその代わりに槍を大量に作ったということだ。こんな状態だから、関東軍の兵力配置図があろうとなかろうと、戦局に大して影響はなかったはずだ。

収監されていたフーは釈放され、入れ替わりに渡辺とイエが入ってくる。すれ違う中、イエの挑発的態度にフーが激高し掴みかかる一幕があったが、無論これも芝居。収容所で渡辺は国民党軍の軍事顧問の招請を断り、故郷で静かに過ごしたいというが、イエは彼を殺す。ここでイエの取った行為は明らかに国際法違反。殺すなら投降する前にやるべきだった。それに、日本人は戦犯を除いてだいたい復員できたが、対日協力者には悲惨な最期が待っていた。それに戦後になると、既に国共対立が始まっていた中、イエがどのようにして釈放されたのか疑問。

イエが流した血を暗示する役割を担う醉翁生中蝦は香港の名物料理だそうな

 

1946年の香港で、イエはカフェにいたチェンの為にコーヒーをおごると、そのまま上海から逃げてきたワンの家族が経営する食堂に行き食事をとる。家族は今でもワンが生きていて、いずれ帰ってくるものと信じていた。余談だが、本作に登場するエビ料理だが“醉翁生中蝦(酔っ払いエビ)”と呼ばれるもので、川エビを紹興酒に付け込んだもの。

いたたまれなくなったイエは静かに店を後にするが、ワンの妹は彼を刺すようなまなざしでじっと見つめていた。

近くの寺院を訪れると、そこにはフーがいた。後に上海に戻ったフーは、チェンと文通したケーキ屋が今でもある事を目にする。

上記の粗筋は、パンフレットや公式サイト。そして映画comにフィルマークス。それに英語版のwikiなどを参考に記憶と実際の日中戦争の展開などに照らしながら書いたもので、正しいという保証はないが、恐らく大筋で間違っていないはずだ。まあ、こんなストーリーだったら理屈に合うんじゃないかと言った程度で、参考程度と言ったところ。

一言で言えば、美しい映画という事だろう。時代を現し、ややモノトーン調の色彩にクラシカルな衣装や小道具が良く映えるし、小道具ばかりでなくセットや大道具にもこだわりを感じる。そして、それらが絶妙に交わり、常に緊張感が漂っているように見える。

ただ物語は分かりにくく、冒頭ではフラッシュバックを多用し、見る者の理解できないようにわざと配置してあるかのようだ。ひょっとしたら、未回収の伏線もあるようで、監督はストーリーにはあまり興味ないのかもしれない。

トニー・レオンの演技は圧巻で、冒頭の方でジャンの投降を受ける時の、穏やかで相手を落ち着かせるようでありながら有無を言わせぬ冷たさがある語り口は、見ている方を圧倒する。あのシーンでホアン・レイが終始びくついて小物っぷりを出していたが(これはこれで見事)、観客はまさにジャンの心境に至ることになる。それに比べると、ワン・イーボウの演技は少々堅いがそれでも、フィアンセをめぐりエリック・ワンとの対峙のシーンや、日本語を話しながらの演技など、大器の片鱗を感じさせる。何より圧巻なのは46年の香港で、自分が殺したワンの家族に会うシーン。なんでもない食事シーンなのに、張り詰めた緊張感がビシビシと伝わってくる名シーンだ。ちなみに、本人は日本語を話せず、渡辺役の森博之から発音のチェックを受けながらの演技だったということだ。

その森博之も、もう一人の主役と言っていいほど、大きな枠割りが降られている。「自分は石原派だ」とうそぶく一方で、「悪いのは東条ではない。近衛だ」と、ようやく最近定説になりつつある、当時の日本の状況を端的に説明している。その内容は細かくて、本当に脚本にあったのかと思うほどだ。

ただ、途中でモブのように出てくるが、意外と重要だった日本兵たちのパートは酷い。多分プロの俳優ではないと思うが、公爵家の御曹司役に気品や育ちの良さが感じられないのは目をつぶるとしても、セリフは棒読みで身振りもぎこちない。それにあの日の丸が描かれたタンクトップ?は、見ているだけでげんなりしてしまう。ただ、本作の欠点はここぐらい。とはいえ、分かりやすい映画では絶対になく、むしろあえて分かりにくく映画いている。

その点でも、分かりやすい映画を好む方には絶対に向かないが、美しく役者が魅力的に描かれた映画が好きな人にはお勧めできる。