タイトル 陰陽師0

公開年

2024年

監督

佐藤嗣麻子

脚本

佐藤嗣麻子

主演

山崎賢人

制作国

日本

 

2001年に野村萬斎主演で映画化された、夢枕獏による平安時代に実在した陰陽師・安倍晴明の活躍を描いたベストセラー小説「陰陽師」。映画の大ヒットを受け2003年に「陰陽師Ⅱ」が公開された。本作は、安倍晴明が陰陽師となる前の青年時代を夢枕の全面協力の元、完全オリジナルストーリーとして描いている。

陰陽頭と言っても従五位下。かろうじて貴族と呼べるレベルだ。

 

映画の舞台は、呪いや祟りから都を守る陰陽師の学び舎であり行政機関でもある「陰陽寮」が政治の中心となっていた平安時代の都・平安京。呪術に関してたぐいまれな才能の持ち主安倍晴明だったが、人々の迷信を利用して自分たちの存在意義を高める陰陽師のやり方に失望して、出世の意欲も興味もない変わり者。そんなある日、彼は源博雅から、皇族の徽子女王を襲う怪奇現象の解明を頼まれる。最初は興味を示さなかったが博雅の頼みに渋々出かけ、衝突しながらもともに真相に迫り、遂に床下に潜む黄金の竜を捕縛する。

やがて、陰陽得業生の橘泰家の変死事件が起き、事件を解明したものを得業生とするとのお達しに、学生たちは色めき立つ。しかし相変わらずの態度の晴明に、親代わりの賀茂忠行は心配するが、「犯人は必ず捕まえます。命令ですから」と言い残し、博雅を伴い事件を追う。後述の通り、この時の晴明と博雅の身分は天と地ほど違い、とてもバディを組めるはずないがそれを言っては映画が始まらない。本作の晴明は中盤までは現実主義者に描かれ、家の軋みや天候さえも怪異のせいにして、自分たちの価値を高めている陰陽師のやり方に反発している。彼の繰り出す呪詛は、相手の心を巧みに操って見せた幻覚ということにしている。終盤のラスボス戦も、見方によっては相手の心の隙に入り込み、操る事で幻覚を見せて自滅に追いやっているようにも見える。

苦手な人付き合いは博雅に任せ証拠を探す晴明。この二人のバディもまた魅力

 

その意味では本作は、晴明を呪術師として描いていた旧シリーズとは違い、「羊たちの沈黙」のレクター博士のような、心を操る天才という現代的な解釈と言え、彼の超人的な活躍を実際にあったものとして合理的に解釈している。人間としての安倍晴明にスポットを当てたといえるだろう。スーパーマンだった旧シリーズに比べると本作の晴明は、両親の死というトラウマをいまだに引きずっていて、人間臭い面を持っている。そして博雅は晴明に振り回されるだけだった旧シリーズに比べ、本作では搦め手の晴明に対し、ド直球の博雅と、お互いに足りない部分を補い合って活躍するバディ物になっている。

また、本作の舞台は➀晴明が28歳の時。②時の帝が即位から2年後。③徽子女王が村上天皇に入内する少し前。ということで948年と思われる。

安倍晴明は948年頃なら大舎人だったころ。史実の晴明は40代で頭角を現すなど出世は遅かったが、村上天皇から占いを命じられたことがあり、この頃からすでにその能力は高く評価されていたようだ。演じる山崎賢人とだいたい年齢はあっている。本作の見どころとして、若い頃の晴明はどうだったのか?ということと、優れた才能の持ち主の晴明が、何故出世が遅れたのか?ということがあるが、山崎賢人の演技はそのいずれも説得力がある。

晴明が仕掛ける呪詛のほとんどは幻覚という解釈が面白い

 

その晴明の相棒の源博雅は、劇中の舞台の時点だと中務大輔で正五位上。つまり中務省の次官。年齢は30歳だから、演じる染谷翔太とほぼ同じ。なお、中務省の長官は親王が当てられるのが慣例だったので、大輔は事実上中務省のトップとなる。陰陽寮は中務省の管轄なので晴明にとっては雲の上の人。それにしてはえらくゾンザイでため口ききまくっていたが…。ちなみに陰陽頭は従五位下。

奈緒が演じる徽子女王は、本作舞台の948年頃は20歳と、村上天皇よりは年下だが、奈緒は板垣李光人より年上。ただ童顔で幼く見えるため、それほど違和感はない。和歌と琴の天分は名高く、ことに七弦琴の名手であったといわれ。映画でもそれが生かされている。

板垣李光人が演じる“帝”は村上天皇。本作の舞台と思われる948年頃だと22歳位なので順当な配役。それ以外の配役もまずは順当。ただ、事件の黒幕は配役から消去法で選べばだいたいわかる。この辺りの事は、あまりミスリードをしていないので結構バレバレ。あの人が、モブに毛の生えたような役をやるはずないし...

また本作の衣装が、所謂“平安装束”らしくないと思うかもしれないが、実は我々がイメージする“平安装束”が登場するのは、武士が台頭し始めた平安末期でそれまではやわらかくて動きやすい柔装束。また、所謂十二単が登場するのも平安時代後期になってからで、それも最初は女官などの貴人に仕える女性が着ていた。だから、徽子女王が薄着なのは考証的に合っている。この辺りの考証は佐藤嗣麻子監督が、原作「陰陽師」の大ファンで、当時の事は徹底的に調べたと公言しているだけにかなり細かい。陰陽寮のセットやそこに書籍などの小道具の細かさは、見ていてため息が出るほど。本作の製作に白組が関わっているが、本当に「白組に任せとけば間違いない」といったレベルだ。

映像面では楽しめたが、ストーリーはちょっと複雑。まず冒頭で陰陽師についてきっちり解説してくれるので、初見の人でも頭が?でいっぱいになる事はないだろうが、呪術にミステリー。そしてバディ物に学園ラブコメ。格差社会に嫉妬。そしてNTRと様々な要素が詰め込まれ、いささか消化不良は感じた。ただ、これだけ詰め込み放題なのに、大きく破綻することなく、何とか2時間に収めている佐藤監督の手腕は見事。それにしても、山崎賢人は最近大活躍。複数億円単位の予算が組まれた大作には必ずと言っていいほど出演しているし、演技は勿論、アクションもこなせ、出演作のほとんどが高評価というのが凄い。ただ、便利に使い倒されなければいいがと思っている。

旧シリーズのファンはどうしても「野村萬斎には劣る」というだろうが、本作の現代的な合理主義者で、人の心を操る術にたけた晴明と、呪詛師として描かれた野村萬斎版の晴明は明らかに異なる。それに、現在58歳の野村萬斎に若き日の晴明を演じてもらうのは無理というもの。現在あるリソースの中で、最良の作品を作り上げたのが本作だと思う。出来ればヒットしてシリーズ化して欲しいが、異次元のヒットを遂げている「名探偵コナン 100万ドルの五稜星」の勢いが凄いので、どこまでヒットするかは未知数。何とか食らいついてほしいが。