タイトル ポゼッサー

公開年

2020年

監督

ブランドン・クローネンバーグ

脚本

ブランドン・クローネンバーグ

主演

アンドレア・ライズボロー

制作国

イギリス・カナダ

 

本作は、他人入り込んで殺人を実行する女性暗殺者が、他人との同期にズレが生じて機能不全を起こすようになるさまを描いているホラー・サスペンス映画。監督のブランドン・クローネンバーグは鬼才デビッド・クローネンバーグを父に持つ。本作が長編2作目となるが、監督を伏せて映画を見せ、「これはデビッド・クローネンバークの映画だ」と言っても大半の観客は納得するのではと思う程作風が似ている。しいて違いを述べるなら、息子の方がやや、スタイリッシュな点だろうか。

本作の舞台は近未来。主人公のタシャは、殺人請負会社で働く殺し屋。その手法は他人の脳に意識を入り込ませて操る事で、ターゲットを殺害させるという方法。その為には、殺人実行者を拉致して対象の意識に、殺し屋の意識を潜り込ませ操る必要がある。回りくどい様な気もするが、近づくことが難しいVIPが対象ならその身近な人でより警戒が薄い人を拉致する方が面倒ではないということか。ターゲットを殺した後は、乗っ取ったホストごと自殺させて意識を戻す事になるという力技。最初は「マトリックス」の様なメタバース的仮想現実の世界かと思ったが、人の意識を乗っ取る技術のある現実世界の様だ。

タシャは仕事を終えたが、最後に自殺する事が出来ず駆け付けた警官に射殺させる事で戻る事が出来た。最近仕事で罪悪感を抱くことが多く、タシャの精神がだんだんと歪んでいく。

抑圧された彼女の心理を描いたような見事な構図

 

彼女には離婚した夫と息子がいるが、彼らに自分の仕事は隠していて、その事も彼女を苦しめている。とはいえ、ここまでの描写は突飛な設定を除き、そこまで奇異なものではない。

上司のガーダーから次の仕事を依頼されるタシャ。IT企業の社長ジョンとその娘エヴァ殺害で、その為エヴァの恋人のコリンに潜り込む。と、ここまでは順調だったがなんだかいつもと勝手が違う。誤魔化しながらジョンに接近して殺す機会をうかがうタシャ。

コリンはジョンの会社で働いているが、それがVRのメガネの様なものをつけて、映像で映し出されるカーテンの色や形状等を淡々と伝えるという仕事という、良くからない仕事で混乱する。どうやら、家庭にあるカメラから、メタバースの世界における情報のタグ付け作業をしているという事らしい。現実世界にある、流れ作業的なものという訳で、近未来の単純作業と言える。こんなことを、娘のフィアンセにやらせている事から、このジョンのサディスティックな面が分かるだろう。

近未来の単純労働

 

パーティに潜り込むことに成功したタシャは、ジョンを拳銃で撃とうとするが何故か躊躇い、刃物で切り付け激しく殴打する。そしてそこに現れたエヴァは射殺する。その後自殺しようとするが今回も果たす事が出来ず、コリンの意識が覚醒した事で混乱状態に陥る。

友人の女の家に転がり込むが、彼女はコリンの二股の相手。そこに組織のエージェントのエディが派遣され、タシャを離脱させようとするが、再びコリンの意識に抵抗され彼を射殺。女友達も殺していた。

自分の中にタシャの意識がある状態で混乱するコリンは、タシャの意識の中で見た彼女の家族の元を訪れる。

かなりSF的な設定が多く、ぼんやり見ていると何が起きているのかよくわからない。ただ、本作が描きたいのはそうしたSFではなく、タシャの抑圧からの解放。彼女は自分の仕事に罪悪感を持っているが、それは家族の存在が大きい。より正確に言うと、自分の仕事を家族に隠していてそれが重圧となって彼女にのしかかるようになっている。

冒頭で家の前でタシャが、家族との会話を練習しているシーンがあるが、あれは、自分の仕事を隠し、母親として、妻としての役割を演じるためで、最早彼女はそこまで追い詰められている。その結果、ラストではコリンから意識を奪い返しながらもあのような行動をとる事で、自分を重圧から解放したのだろう。

彼女は昨今の活動家のアイコンなのかもしれない

 

「いや、そこまでしなくても」と思うが、そもそも本作は主人公のタシャについて、全く触れておらずそこが彼女の不気味さに繋がり没入しにくくなっている。それは、ラストから逆算すると、タシャは共感できるように描くことはできないからだ。

見方によって、家庭に縛られ抑圧されている女性が、それをはねのけて自我を解放する今時の映画とも取れなくないが、ラストからガーダーにより仕組まれた可能性すらある。ひょっとしたか彼女は解放されたように見えて、実はガーダーの掌中に握られたのかもしれない。