タイトル 12日の殺人

公開年

2022年

監督

ドミニク・モル

脚本

ジル・マルシャン ドミニク・モル

主演

バスティアン・ブイヨン

制作国

フランス

 

本作は、フランスで実際にあった未解決事件を基にした、サスペンス・スリラー映画。第48回セザール賞では作品賞・監督賞・助演男優賞・有望若手男優賞・脚色賞・音響賞の最多受賞を記録した他、第75回カンヌ国際映画祭・プレミア部門に出品されるなど、おおむね好評化を得た。

この日彼女は友人宅に泊まる予定だった。つまり彼女を狙っていない可能性もある

 

映画の冒頭に「仏警察が捜査する殺人事件は年間800件以上。そのうち未解決事件は約20%。これはそのうちの1件だ」という字幕で始まる本作。日本では、2021年の殺人事件発生総数は874件とほぼ同じ。ただ人口は日本の1億2000万人に対して、フランスは6700万人だから人口比だと日本の約倍。また未解決事件は5%程度なので、日本の治安の良さが際立っている。

本作は2部構成になっていて、第1部は事件の発生からいったん捜査本部が解散するまでが描かれる。

グルノーブルの警察署で、引退する捜査班長の壮行会が描かれる。その席で、後任の捜査班長のヨアンが紹介されるが、彼が本作の主人公。

第1部の捜査本部。むさくるしい

 

やがて市内で女子大生クララが、生きたまま焼き殺されるという凄惨な事件が起きる。フランスではパリなどの大都市では警察が犯罪捜査を担当するが、地方だと国家憲兵隊が担う場合が多い。本作で管轄の問題で、憲兵隊ともめるというセリフがあるが、それはそうした事情による。

捜査を任されたヨアンは関係者に聞き取りを始めるが、その内容は千差万別。父親は「いい娘だった」といい、親友も「惚れっぽいけど真面目な子だった」というものの、恋人と紹介された男は「彼女はセフレだ」と言ったり、他にも複数の男と関係を持っていた事が分かったり、振られて彼女の殺害予告ともとれるラップを作る男がいたり、実際には関係が無いのに「あいつは俺のセフレだった」と言い出す浮浪者が現れたり、その都度捜査は撹乱される。その為か、捜査は次第とクララが寝た相手が犯人という方向に行く。そこでヨアンはすべてを話してなかったクララの親友のナニーに詰め寄るが、「彼女をそんな風に見ないで。クララは親友だったのよ」と涙ながらに言い返され一言もない。

ここまで見ていると、最初からクララの交際相手に捜査を絞っていて、それなりに怪しい容疑者が数多く出てくるが、それだけ捜査は混乱している。実際はどうだったのか不明だが、自分の彼氏を取られた女や、密かに彼女への欲情を抱いていた、隠れたストーカーの可能性は考慮していない。殺害方法を見ると非力な女性でもやれるので、その可能性を考えなかったとすると、捜査の手抜かりとしか言いようがない。それに冒頭で被害者のスマホを発見した時、かかってきた相手に捜査員が安易に出ているが、もし犯人からだったら、情報を与える事態になりかねない。

個人の問題もあり暴走するマルソー。ブーリ・ランネールの演技は見所の一つだ

 

捜査が行き詰まる中、ヨアンの相棒のベテラン刑事、マルソーが次第と暴走する様になる。実は彼は妻が浮気して彼との間に子供まで作り、精神的に追い詰められていたのだ。やがてかれは、DVで逮捕歴のある容疑者のもとに乗り込み、アリバイがあるにも関わらず、彼に暴行をふるってしまう。またヨアンもストレス発散でサイクリングをしているが、トラックの中だけで外に出ようとしない等、一歩踏み出せないでいる。

ここから第2部で、3年後に話は飛ぶ。まもなくクララの三回忌(他の表現しようがないのでこう書くことにする)が迫る中、新任のベルトラン判事は、ヨアンを呼び捜査の再開を命じるが、マルソーの件があってヨアンは消極的。しかし検事の熱心な説得と必要な予算を確保したとの言葉に、ヨアンは事件への情熱を取り戻す。

ヨアンの相棒はナディアという女刑事に代わっていた。本来エリートコースを進めたのに、現場を志願した事から不思議に思われていたが、彼女は「犯罪は男がおこし捜査も男がやる」と言ってのける。このフェミニズム思想丸出しのセリフにはちょっと引いた。もっとも日本の場合だが、女性の検挙者は男性の4分の1なのであながち間違ってはいないが、犯罪被害者となると、性被害や人身売買を除き、男女の差はほとんどないしむしろ男性の方が高い事もあるので、このナディアの意見も“偏見”と言える。

クララの墓の近くに監視カメラを仕込むと、事件から3年目の晩。一人の男が墓の前に来て、何かおかしな挙動をする様子が映っていた。果たして彼は犯人、のか?というのが粗筋だが、この事件は冒頭に述べた通り“未解決事件”なので、当然だがこいつも“犯人”ではない。前述の通り、捜査は初動で思い込みに支配されているようなので、恐らく本作で登場した容疑者はいずれも真犯人ではないと思う。

容疑者の皆さん。恐らくこの中に班員はいないと思われる

 

未解決事件を扱った映画は、事件の経緯を描くタイプと、現代から新たな証拠を元に犯人を考察するタイプがあるが、本作は完全に前者。したがって犯人は明らかとならず、すっきりとした終わり方はしないのは約束されている。ただ、このタイプの映画の中にも「殺人の追憶」のような超名作があるので侮れない。ただ、本作は名作かと言われるとそこまではない。ただ、私は結構面白く感じた。第1部で事件にのめり込み、次第と冷静な視線を失っていく刑事達の様子を丁寧に描くとともに、家庭の問題から暴走するマルソーを軸に据えることで一定の緊張感を与えている。そして捜査にあたるのは男ばかりで、被害者の家族や友人以外に女性は登場しない部分も目を引いた。

事件が動くのは第2部になってからで、そこから検事と相棒刑事に女性が登場する。そして第2部はかなり作風が変化する。そして、この二人は第1部のマルソーやヨアンに比べると人物像は深堀されず、フェミニズムのアイコンとしての役割しか与えられていないせいか、第1部に比べるとやや物足りなさを感じた。最近の作品に登場する女性キャラは、最初から人格が完成していて“家父長制の中の生きにくさ”以外に問題を抱えておらず、結果として成長する事が無いので人物に面白みが無いように感じる。新たな容疑者も“未解決事件”だから“犯人”ではないのは明らかなので、あまり盛り上がる事はなかった。

むしろ本作は第1部のマルソーの退場で終わった方が、こじんまりとだがまとまったように思うが。

ただラストで、それまでトラックでしか自転車に乗らなかったヨアンが、踏み出す決心をしたのが、事件を乗り越えて一歩踏み出す決心をしたようなので、なんとなくだがすっきりした気分になり、決して後味は悪くない。ストーリー重視でとにかく落ちをつけてほしいと思う人には向かないが、雰囲気を重視する人は面白く感じると思う。