タイトル 鬼平犯科帳 本所・桜屋敷

公開年

2024年

監督

山下智彦

脚本

大森壽美男

主演

松本幸四郎

制作国

日本

 

本作は、人気時代劇「鬼平犯科帳」の新シリーズの幕開けを告げる作品として、2024年3月に放送された長編テレビ映画。中村吉右衛門が演じるシリーズは、1989年から2016年まで長く愛され、吉右衛門の当たり役となった。

元々原作者の池波正太郎は、吉右衛門の父8代目松本幸四郎(のちの初代・松本白鸚)うをイメージして長谷川平蔵のキャラクターを設定していただけに、ドラマ化にあたっては8代目熱望し実現。それだけに、原作から出てきたかのような鬼平に、ファンは熱狂して人気シリーズとなった。その後、丹波哲郎や萬屋錦之介等そうそうたるメンツが演じたが、池波は満足しなかったようで、池波本人から松本白鸚の実子・中村吉右衛門に依頼があったものの、長い間固辞し続けていたが、実年齢が平蔵と同じになったこともあり満を持しての出演となった。多分断り切れなかったのだと思う。2016年を持って降板し、シリーズは終了する。

若いと思っていたがもう51歳。威厳と風格がある

 

もともと池波はオリジナルストーリーを好まなかったので、吉右衛門版も後半は、いったんテレビシリーズで制作された原作を、再映像化されることが多くなっていた。ただこのおかげで一定のクオリティを維持できたから、これはこれでよかったと思う。

そこで満を持しての再映像化がこの作品。ニュースを目にした時、主演が10代目松本幸四郎と聞いての感想は「他にいないよね」だった。特に意外でもなく、むしろ当然といった印象。そして本作を見ての感想も同じで「やはり他にいなかった」。だからと言ってつまらない事は全くなく、面白かったし楽しんで見る事が出来た。ちょっと乱暴な言い方だが、中村吉右衛門版が終了した翌週から始まったとしても、何ら違和感を覚えなかっただろう。それぐらい、本作には変化に驚く要素が少なくファンが望む「鬼平犯科帳」になっていたということだ。

ここは火盗改めレギュラーの紹介といったところ

 

作品の冒頭、若き日のまだ本所の轍と呼ばれていた頃の長谷川平蔵が、無頼漢に絡まれるが返り討ちにするシーンから始まる。そこに現れた蓑火の喜之助から盗みに誘われるが「せっかくだが、俺はある方に盗みだけはしないように言い含められた」と言って立ち去る。

物語は、長谷川平蔵が火付け盗賊改め方の長官に就任する日に飛ぶ。道場で剣術の腕を磨く一同に入り、まずは腕試しといったところ。ここで木村忠吾にお馴染みの“うさぎ”の仇名がつけられることに。木村忠吾役は、尾美としのりがはまり役すぎたので誰がやるのか一番注目していたが、浅利陽介もなかなかうまく演じている。しいて言えば、あまりぽっちゃりしていないところが難点か?

その後、見回り中にかつて足しげく通った高杉銀平道場を訪ねると、主がいない道場は廃屋となっている。そこでかつての竹馬の友、岸井左馬之助と再会し、旧交を温めあう。

左馬之助もキャストに注目されたが、山口馬木也とこれ以上望めない配役。

そこで平蔵はかつて二人にとっての憧れで、左馬之助にとっては初恋の人おふさが、嫁いだ近江屋を追われ現在では貧乏御家人の御新造に収まり、賭場を取り仕切るなどすさんだ生活を送っている事を知る。

若き日のおふさを演じる、菊池日菜子の可憐で幸薄そうな雰囲気はぴったりだし、何よりも現在のおふさを演じる原沙知絵が、なんとなく似ていて色々あって荒んだ感じになっている感がある。

その後、相模の彦十と偶然再会した平蔵は、おふさについて調べてもらう。その結果、近江屋で子供を流産し、亭主とも死に別れて店を継いだ近江屋の弟にわずかな金で追われ、貧乏御家人に嫁いだものの、当の御家人は病弱。そこで金を得る為賭場を自ら仕切り、そこに集まった無頼で近江屋に押し入ることを計画している事を知る。そしてその集まった無頼の中に、かつて平蔵と左馬之助が泥棒に身を落とすのを防いでくれた、高杉道場の食客・松岡重兵衛がいた。

この松岡重兵衛は「泥鰌の和助始末」に登場し、本作はオリジナル要素だが、本作同様平蔵と左馬之助が泥棒になるのを防いだ人物。原作は短編なので尺稼ぎは勿論、若き日の平蔵と左馬之助の姿を浮き彫りとするためだろう。なお、終盤で近江屋から彦十が証文を盗み出し、それがきっかけで近江屋が潰れる話も「泥鰌の和助始末」のエピソードをアレンジしている。

松岡重兵衛を松平健。相模の彦十は火野正平。平蔵の妻の久栄に仙道敦子とこの辺りは順当。特に火野正平は、彦十のとぼけた中にも抜け目なさがあるところはぴったり。そしてラストにシリーズ・ヒロインと言っていいおまさが登場。演じるは中村ゆりとこれも文句なしの配役。こうして見ると、奇を狙っていない安定感のある配役だ。

 

このシリーズは松本白鸚版から萬屋錦之介版までは、東宝製作でテレビ朝日が放送。中村吉右衛門版は松竹製作でフジテレビの放送だったが、本作は時代劇専門チャンネルの製作で、同チャンネルでの放送・オンデマンド配信となっていて、地上波では放送されていない。今後地上波で放送される可能性もあるが、もし最初から地上波テレビ局が制作していたら、ここまでのクオリティにはなっていなかっただろう。最初に「本作には驚きはない」「ファンが望む形になっている」と書いたが、それは悪い事ではなくむしろこのような長く愛されるシリーズには必要な事だ。極端な事だが、鬼平を木村拓哉が演じたり、東山紀之が演じたらどうだろうか?多分この二人ならうまく演じたと思うが、それはファンが望む鬼平ではない。

二人の思い出の中のおふさはもういない。それを知らしめる原沙知絵の演技が凄い!

 

その点本作は、高いクオリティを維持しつつもファンが望む「鬼平」にしているところがいい。中村吉右衛門版が終了してまだ10年もたっていないが、この間テレビ局をめぐる経営状況は悪化の一途をたどり、ドラマ制作は配信にシフトしてきている。本作がCS放送と配信を選んだにはそうした事情があるだろう。現在の地上波テレビ局が加わったら「旬のイケメン俳優を使え」と言い出しかねない。

お待たせしました。鬼平ファンのアイドル、おまさ坊の登場です

 

その意味で本作は、現在のドラマをめぐる環境の変化を実感するものとなったといえる。そしてファンが望む形にするためにも、この製作体制を続けてほしいと思っている。

江戸グルメも健在。五鉄の軍鶏鍋は相変わらずおいしそう