タイトル ねじ式

公開年

1998年

監督

石井輝男

脚本

石井輝男

主演

浅野忠信

制作国

日本

 

本作は、つげ義春の原作をシュールなタッチで描いたもの。原作はいずれも短編で、それを組み合わせオムニバス形式で撮られているが、一応主人公の売れない漫画家ツベの放浪記の形式をとって長編映画としている。主人公の幻想的な放浪生活ととりとめもない妄想を描いたドラマで、監督は石井輝男。石井は1993年につげ義春原作の「ゲンセンカン主人」を映画化しており、つげファンを中心に高い評価を受けたが、それに続くつげ義春原作の映画化作品となる。「ゲンセンカン~」でも主人公は似たようなキャラだったが、主演は佐野史郎。大のつげファンを公言するだけにその再現度は高かったが、本作では浅野忠信に代わっている。「ねじ式」の主人公は一応少年とされているので、既に40歳を超えている佐野には無理と判断したのかもしれないが、天下の怪優・佐野史郎だから、何とかしたかもしれない。

さすが石井輝男!声を掛ければこんな大物も出てくれる

 

元ネタとなった原作は「別離」「もっきり屋の少女」「やなぎ屋主人」「」ねじ式」で、「別離」の主人公の売れない貸本漫画家のツベが通しての主人公となっている。ちなみに「別離」はつげの体験をもとにしているという。

売れない貸本漫画家のツベは、肝心の漫画が全く描けず2年間同棲した恋人国子ともどもアパートを追い出されてしまう。国子はある会社の寮の住み込みのまかないの仕事を得るが、住むところのないツベは、以前住んでいたアパートの住民で友人の木本の厄介になる。しかし仕事ははかどらず、そのうち国子は浮気をして子供まで身ごもってしまう。絶望したツベは自殺を図るが、木本と大家により助けられる。ちなみに、大家を演じているのが丹波哲郎。短い出番ながらも、さすがの存在感。ここまでが「別離」が原作。

回復したツベは放浪の旅に出かける。とある山村でコバヤシチヨジと名乗る少女と出会う。1銭5厘で売られてきたという少女は、もっきり屋という居酒屋の看板娘。チヨジは2人組の客に乳首を触らせ5分間耐えたら赤い靴買ってもらえるのだが、チヨジはいつも負けているらしい。その場を後にするツベは思わず「がんばれチヨジ」と口にする。ここが「もっきり屋の少女」が原作。初期のつげは「海辺の叙景」「紅い花」等、未成熟で無垢な少女を描いてきたが、「ゲンセンカン主人」や「ねじ式」で成熟した大人の女性が放つエロスを作品に取り入れた。しかし、「もっきり屋~」で少女に回帰したが、最早未成熟ではなくエロスの対象となっている。なお、コバヤシチヨジを演じるつぐみは既に20歳を超えていて“少女”とは言い難いが、セリフを棒読みにして少女らしさを出している。

東京に戻ったツベは、ヌードスタジオで掛かっていた「網走番外地」の歌を聴き、衝動的に海が見たくなり、新宿駅から内房線に乗り、N浦駅で降り立った。すでに暗くなっていたので、親切な駅員の紹介で、年配の母と妙齢の娘の2人暮らしであった駅近くの大衆食堂「やなぎ屋」に泊めてもらう事になる。

ツベは娘がすでに他の男たちと性的関係を持っていると考え、寝付けないので彼女と一夜の情交を妄想。翌日、彼はやなぎ屋を後にするが、老境に入りつつあるやなぎ屋主人の自分が妻と共に店の前に立つ姿妄想する。

1年後、ツベは再びやなぎ屋を訪れるが、娘は自分の事を覚えていなかった。失意のうちにかつ丼を食べ、店を後にするツベ。海岸で蛤を買い焚火で焼いて食べながら、たまたま居合わせた猫とじゃれ合うのだった。ここが「やなぎ屋主人」。店の娘を演じているのが、この頃の石井輝男作品常連の藤田むつみ。本作でも退廃的な雰囲気と、脱ぎっぷりの良さをいかんなく発揮している。原作にも「網走番外地」のテーマ曲が使われるが、言わずもがな、「網走番外地」は石井の代表作だけに、当時話題となった。なお、やなぎ屋のモデルとなった店は2012年あたりまで営業していて、本当に母と娘が経営していた。発表後、ファンが殺到したがみんな必ず「かつ丼」を食べたという。

海岸で佇むツベは、海から自分が上がってくる幻覚を見る。メメクラゲに刺され重傷を負ったツベは、町の中を医者を求めて当てもなくさまよい続ける。やがて、キツネの仮面を被る少年が運転する蒸気機関車と出会い、乗せてもらうが、隣の町に言ったつもりが元の町に戻っていた。更に探し求めるツベの前に、金太郎飴売りの老婆が現れる。ツベは老婆が「生まれる前のおッ母さん」ではないか詰め寄るが、老婆は動揺しつつも事情を話すには、「金太郎飴の製法から説明しなければならないが、それはできない」と泣き出したので、問い詰めるのを断念して、老婆に紹介された女医に診てもらう。女医は麻酔なしに手術をするが、それはセックス以外のなにものでもない。切れた血管をねじで止められ手術は成功するのだった。これが「ねじ式」の部分で、最も映像化が困難と思われたが、低予算にかかわらずうまく作られている。特に主人公がさ迷う町の異世界じみた風景は、かなり忠実に再現されている。なお、金太郎飴売りの老婆を清川虹子が演じている。余談だが、冒頭の”メメクラゲ”の正体について、その後さまざまな議論を読み、分厚い博物学誌を熟読して正体を探る強者まで現れたというが、その正体は何の事はない、伏字の”××”を”メメ”と誤植したもの。まさに「幽霊の正体見たり~」だが、つげもこの誤植が気に入ったらしく、その後は修正を許さなかったようだ。

原作の異様さを忠実に再現している

 

クラシカルな作風で昭和を思わせるが、作られたのは1999年。決して古典ではないが、つげ義春の世界観を忠実に再現すると、どうしても6~70年代の雰囲気となる。その意味で、本作の再現度は高い。「ゲンセンカン~」に比べるとエロ度は高いものの、原作の忠実な再現にとどまっているあたり、石井が本作に並々ならぬ決意で挑んだ事が分かり、つげワールドの忠実な再現という目的は見事に達成されている。

通してみると、やはり「ねじ式」の異様さが浮き彫りとなるが、総じて完成度は高いと言って良いと思う。ただ、万人受けする映画ではなく、あくまでもつげ義春ファン。そしてつげに興味がある人向きの映画。「話に聞いたことあるが、どんなもの描いている人だろう」と思うのなら、入門編として手にしても悪くないと思う。