タイトル 哀れなるものたち

公開年

2023年

監督

ヨルゴス・ランティモス

脚本

トニー・マクナマラ

主演

エマ・ストーン

制作国

アイルランド・英国・アメリカ

 

本作は、スコットランドの作家アラスター・グレイの同名ゴシック小説を映画化したもの。

原作の内容は、19世紀末、グラスゴーにすむ異端の科学者バクスターは、身投げした女性に胎児の脳を移植して蘇生させる事に成功。ベラと名付けられたその女性は、成熟した肉体に子供の精神を宿し多くの男たちを惹きつける。しかし、ベラは窮屈な街を飛び出し、冒険の旅に出かける。旅するなかで急速な成長をとげるのだった。と言うもので、原作は未読で粗筋をググったものだから違う部分もあるかもしれないが、大筋で原作と大きな違いはない様に見える。ただ、原作では虚構か現実か区別がつかない中で、物語が進行していく様だ。

この傷は父の生体実験のたまもの。愛を知らず育った彼も哀れなるものか

 

元ネタはフランケンシュタインだが、醜い容貌で人間離れした力を持ったことで、人々から嫌われ追われる存在のフランケンシュタインの怪物に対して、本作に登場するベラは性格はガキンチョそのもので我儘だが、見目麗しい容貌で成熟した肉体を持ち、その落差故人々を魅了するという違いがある。やっぱり見た目が一番か?

2023年・第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金獅子賞を受賞し、第96回アカデミー賞では作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、脚色賞ほか計11部門にノミネートされた。

なお、原題は「Poor Things」邦訳すると「かわいそうなもの」となり、それほど違う意味ではない。

閉じ込められれば出たくなるのが人情。ましてや生まれたばかりとなれば

 

映画は一人の若い女性が橋から身を投げ自殺するところから始まる。ここはカラーだったが、舞台がバクスター邸内に移るとモノクロとなるが、これは主人公の自由度を現しているようだ。

次のカットはバクスター家の中で、マッド・サイエンティストのバクスター博士により医大生のマックスはジョシュに任命される。その仕事とは、博士の家に同居するベラという若い女性の一切を記録すること。このベラは、肉体は既に成熟して大人なのに、やることなすこと子供じみている。それもそのはず、彼女は冒頭で自殺した女性の死体を手に入れたバクスター博士が、脳を彼女が身籠っていた胎児の脳と入れ替えた人造人間だったのだ。

ひどくちぐはぐな言動のベラだが、それ故次第にマックスを魅了する。やがてマックスは博士に彼女と結婚したいと申し出る。脳は赤ん坊でも体は大人。この場合犯罪になるのか?

意外な事に博士の返事は「ええよ~。でもこの家から出ない事ね~」と快諾。しかし弁護士のダンカンを呼んで結婚の準備をするが、このダンカンはとんでもない放蕩野郎で、ベラをたらし込んで駆け落ちさせる。ベラの無垢さに付け込んでやりまくってポイ捨てするつもりが、彼も次第にベラに魅了され、他の男に無警戒のベラに耐え切れず、豪華客船に拉致同然に連れ込み男たちをシャットアウト。しめしめと思ったのもつかの間、船客のマーサとハリーと仲良くなり、本から急速に知識を吸収し哲学に心を開くようになり、急激に成長する。更にアレキサンドリアでハリーからスラムの現実を知らされ、ベラが悲しみのあまりダンカンの持ち金を全部、与えようとする。しかし船員に言葉巧みにだまされ、カネを持ち去られてしまうが。

こうした現実世界と微妙に違う世界観を描くなら、きっちりと説明すべき

 

一文無しになったダンカンとベラはマルセイユに降ろされ、どうにかパリまで流れつくが、そこで進退窮まる。そうしたらベラは娼館で働き始めたのだ!とはいえこの娼館は、売春につきものの悲惨で暗いイメージは全くなく、かなりコミカルかつお気楽に描かれている。後で再会したマックスが、ベラが一人30フランで売春をしていたと聞かされ「それは安い」というが、そんな問題じゃないだろう!さらに甲斐性無しのダンカンに愛想をつかし博士からもらっていた金を渡して三行半。ここでベラは、初めて保護者から離れて自立する。ただ、その手段が売春ってどうなの?最古の職業ともいわれて、文無し女性が手っ取り早く稼ぐ手段だが?

その後、癌を患い余命いくばくもないバクスター博士からの頼みで帰国して再会する。博士はかつて「研究材料」として冷徹にベラの事を見ていた時とは異なり、優しく慈愛に満ちた表情でベラを迎え入れた。その為このパートはカラーで表現される。そして今度はベラからマックスにプロポーズする。結婚式を迎えハッピー・エンドかと思われたその矢先、ブレシントン将軍が現れる。彼はベラの前身のヴィクトリアの夫で、ずっといなくなった妻を探していたというのだ。事情を知るとすぐに彼についていくベラ。彼女は自分が何者で、なぜ自殺したのかを知りたかったのだ。屋敷に着くとすぐにわかった。ブレシントンは使用人をいたぶって楽しむとんだサイコパスのサディストで、ヴィクトリアは籠の鳥として飼われている状態だった。というのが大まかな粗筋。

このキメラ動物はかわいそうではないのか?

 

フェミニズム、差別偏見、格差社会など、これでもかとばかりに昨今の時事ネタを詰め込んだ、特大社会派映画。のはずなのに、見ているとそんな堅苦しさは全く感じない、ある意味振り切ったカルト映画。バクスター家の「死霊のしたたり」もびっくりのキメラ動物たちに、我々の世界よく似ているがどこか違う異世界要素。更に俳優たちの怪演など楽しめる要素はこれでもかとばかりにある。しかし何といっても圧巻は、主演のエマ・ストーンで、まさに140分余り、エマ・ストーン劇場状態。前半の「頭脳は子供。見た目は大人」の幼児の演技もばっちりで、中盤になって知性がつきだしてのベラも、ちゃんと演じ分けている。大胆シーンも含め、一歩間違うとキワモノ・ゲテモノになってしまう難しい役を見事に演じている。ただ、誰でもお勧めできるほど面白いか問えば、そこは微妙。エマの演技は文句のつけようが無いが、AVと見まがうばかりにヌードに濡れ場の連続で、何かプライベートで会ったんじゃないかと心配になるレベル。ラストの元夫への仕打ちは、余り笑えない。いやクズ野郎だからどうなってもいいんだけど、あれはロボトミーの容認じゃないか?他にも、とても月一ぐらいしか映画を見ない人にはお勧めできないようなシーンも多い。

監督はフェミニズム的な部分はさほど興味はなく、グロテスクな世界をエマ・ストーンで描きたかっただけのように思える。それぐらい彼女の存在感は際立っている。それだけにかなり観客を選ぶ映画で、カルト映画に耐性が無い人は向かない。予告編はあれでも結構マイルドなので、くれぐれも騙されないように。