タイトル 白日夢(1964年版)

公開年

1964年

監督

武智鉄二

脚本

武智鉄二

主演

路加奈子

制作国

日本

 

本作は、谷崎潤一郎が1926年に、雑誌「中央公論」9月号に掲載された4幕の戯曲を基に制作された映画。映画化に当たり、監督の武智は「ベッドシーンそのものを描く代わりに、作品全体を1つの性行為として表現した」と語っており、「1時間半の映画全体で性行為の始まりから完了までを描いていた」と解説している。ただ今回見てみて、エロティシズムもさることながら、ホラー要素も多分に含んでいる事に気が付いた。武智監督が意識したかどうかは不明だが、超有名ホラー映画と似た部分が多いので、意識して描いたと思う。

ちなみに原作者の谷崎は試写を見て、「少し長い」といったという。100分弱の映画だが、私も中盤は、かなり不要なカットが多いように感じた

街中の歯医者から始まるこの映画だが、昭和30年代の、キ~~~ンと言う不快なドリル音や、セメントを歯に直接塗って型を取るなど、まだドリルなどが大きく洗練されていない時代。もうここで拒否反応を持つ人はかなり多いのでは。実は先日半年に一度の歯の検査を受けたばかりで、現在では機材が発達して患者の負担は減っているとはいえ、それでも楽しい気分にならず、30分の検査だけで疲れ果ててしまったから、この頃の歯医者は受診するだけで精神的に疲れたはずだ。

タイムスリップしても昭和の歯医者にはいきたくない

 

そこに倉橋と言う売れない画家と、千枝子と言う流行歌手がやってきて待合室に並ぶ。この時のぎこちない雰囲気、よくわかる。やがて二人は診察室に呼ばれ、歯医者の治療を受けるがこの医師、“ドクトル”と呼ばれ名前はない。倉橋は抜歯の為麻酔を打たれ夢見心地となったが、その直後にドクトルや看護師の様子が一変。ドクトルは千枝子の服を脱がすと襲い掛かり、乳房に深い歯型を残す。ドクトルを演じた花川蝶十郎はこの頃の武智作品によく出ているが、調べたがよく分からなかった。名前から振付師と思われるが、結局詳しい事は不明なまま。

倉橋を演じる石濱朗は木下恵介“御用達俳優”で木下作品によく顔を出している。千枝子を演じたのは、日活入社後は主に成人映画で活躍していた路加奈子。長らく活躍していたが、1983年に15年ぶりに出演した成人映画、「獣色淫乱夫人」が出演以降の消息は不明である。このシーンでこの頃は歯を抜くのに全身麻酔をしたのかと驚いたが、そうしないと物語は成り立たない。歯医者以外に、複数の患者を一つの診察室で診る病院はないし。

突然場面は変わり、ナイトクラブで千枝子はドクトルに迫られている。倉橋は彼女を助けようとする。再び場面は変わり、ホテルの一室に入った二人を外から窓越しに眺める倉橋。しかし、窓は開かず、そこには千枝子がドクトルから様々な責め苦を受ける様子を見る事が出来る。しかし、苦痛に身を悶えながらもどこか悦んでいる千枝子に倉橋の心は乱れる。

このシーンは本作で一番に見どころで、愛する女性が被虐の表情を浮かべ悶える様子をガ、ラス一枚の壁でだた見つめるしかない倉橋の、複雑な様子が描かれている。ある意味、ネトラレ願望とも取れる。ただ、ここが盛り上がりすぎて、その後のデパートのシーンはどうも盛り上がらなかった。

デパートの中を全裸で逃げる千枝子。エロいシチュエーションだが...

 

逃げ出した千枝子を追った倉橋は、デパートの屋上千枝子と出会うか彼は千枝子の首にリードを付けて弄ぶ。場面は再び変わり、夜のデパートの中。逃げる千枝子を追うドクトル。突然ベッドの上で全裸で横たわる千枝子。そこに警備員がやって来るが、マネキンと思って立ち去ろうとするが動き出す千枝子に驚き逃げてゆく。

またもや場面は変わり、倉橋は都会の雑踏の中でドクトルと、千枝子をみつけ短刀で刺すが、千枝子を傷つける。横たわる千枝子の亡骸を前に、通行人に「自分が殺した」と訴えるが、みんな素知らぬ顔で通り過ぎるだけ。

目を覚ました倉橋は、診察室に横たわっていた。隣には治療を終えた千枝子が帰り支度をしていた。と言うのが大まかな粗筋。

粗筋を読まれてお分かりの通り、本作は場面が急に入れ替わり、全編を通したストーリーの流れと言うものが無く、あくまで“夢”として描かれている。ラストシーンからある種の示唆がなされるが、いくら麻酔で熟睡していたとはいえ、若い女性が犯されて気が付かないという事はないだろうが、一応映画だからと言う解釈もできるし、彼女も合意の上で、倉橋に夢うつつの中で見せるという、NTRだったのかもしれないし、すべて夢だったのかもしれない。そのあたりはラストシーンも含めて、ご想像にお任せしますといったところだろう。

某ホラー映画を思わせるカット

 

それとは別に、本作は「吸血鬼」をモチーフにしている様に感じる。最初の方で、ドクトルは千枝子の乳房に噛みつき、くっきりとした歯型を残す。その後も、執拗に千枝子を追い詰め、倉橋が必死で救おうとしてもいつの間にか、ドクトルの術中にはまってしまう。ドクトルに怖れるとともに、求めてもいるという関係は、ドラキュラと彼に噛まれた美女の関係に似ている。ドクトルは夢の中では黒いタキシードを着ているところも、ドラキュラ伯爵と酷似している。実際、「魔人ドラキュラ」の頃から、吸血鬼が美女の血を吸うところはセックスを強く意識して演出されていたというし、「吸血鬼ドラキュラ」のクリストファー・リーになってから、その傾向は強くなっている事から意識して演出されたのではないだろうか。

このシーンが意味するものは?

 

エロ目当てで見ると、正直物足りなさを覚えるだろう。ヒロインの路加奈子は当時まだ20代前半で、後半のデパートを逃げ惑うシーンも、本人の若さが災いし今一つ艶っぽさを感じない。あくまでダークファンタジーとして見るべきだろう。