タイトル 銃殺-2.26の叛乱

公開年

1964年

監督

小林恒夫

脚本

高岩肇

主演

鶴田浩二

制作国

日本

 

本作は、小説家・立野信之の代表作「叛乱」を高岩肇が脚色し、小林恒夫が監督した二・二六事件を描いた映画。同じ原作を1954年に新東宝が俳優の佐分利信が監督して「叛乱」として映画化している。こちらでは安藤大尉役は細川俊夫。本作で主役を演じた鶴田浩二も一兵士の役で出演している。

この頃の日本映画全般にありがちだが、本作でも登場人物は仮名にしてあり、主人公の安藤は「安東」。磯部浅一は「磯野浅二」。相沢は「相川」といった具合に、微妙に変えてある。【なお、下記で()内は実名となっている。】54年版だとちゃんと実名が使われているので、この間に遺族などから描き方で抗議があったのかもしれない。抗議と言えば「日本のいちばん長い日」で畑中少佐の遺族や友人から「本人は穏やかな人だった」と抗議が多数寄せられ、50年の時を経てリメイク版で訂正されるに至った。

丹波哲郎による鬼気迫る演技

 

ストーリーはほぼ史実通りに進み、冒頭は相川(相沢)中佐による永井(永田)軍務局長暗殺事件から始まる。相沢を演じているのは丹波哲郎で、出番は少ないながらも強烈な印象を残している。ちなみに安藤が中隊長を務める歩兵第三聯隊は、かつて永田鉄山が隊長を務めた事がありその縁で安藤の事を知っていて、「奴がいるなら間違いは犯さない」という程信頼されていた。

そのあと国体を憂うる青年将校たちが、「相川に続け」と血気盛んに唱えるが、安東(安藤)は消極的。そこで磯野や血気盛んな栗林(栗原)などから詰られるが、本人は兵を使う事に反対し続ける。本作で準主役というより、もう一人の主役と言って良いのが佐藤慶が演じる磯野浅二で、血の気が多い叛乱者の中で論理的に安東を説得する。ただ、モデルとなった磯部浅一は昭和天皇すら罵倒するほどの、叛乱グループの中で最大の過激派。事件の前に退役に追い込まれ、事件には民間人として参加していた。

彼らの主張を聞いていると、共産主義思想と似ている事に気が付くかもしれないが、実際に彼らの考える国体というのは共産主義国家に他ならない。ではマルクス・レーニンの共産主義とどこが違うかと言えば、あちらは中心に座るのが共産党でそれを守るのが赤軍。それを労働者が囲むという構図なのに対して、こちらは天皇を中心にして、守るのが皇軍。そして囲んでいるのが農民というところになる。ある意味右翼の共産主義と言えるだろう。右も左も、突き詰めると似てくると言われているが、まさにその通りだ。

その後、貧しい農村出身の兵たちの実家が困窮を極め、ついに一人の兵士が一家心中をしたのを見て参加を表明するが、妻には何も知らせずいつも通りの態度だった。しかし、妻はさりげない様子から、何かを感じ取ってはいた。

安東大尉の妻、文子(房子)を演じているのは岸田今日子。物静かな典型的な軍人の妻だが、血気の後で自分に打ち明けてくれなかったことに不平を漏らすなど、苛烈な一面のある婦人を好演している。

昭和11年2月26日。遂に彼らは決起し2.26事件が起きる。安東は侍従長を襲撃。兵たちの射撃で重傷を負った侍従長にとどめを刺そうとした時、夫人が覆いかぶさって防ぐのを見て取りやめたエピソードも忠実に再現されている。もっともこのシーンの時、安藤はその場にいなかったともいわれている。この時の侍従長は終戦時の総理、鈴木貫太郎。もし止めが刺されていたら、いったい誰がポツダム宣言受諾の役割を果たすことになったのか。

事件に仰天した陸軍首脳はとりあえず「陸軍大臣布告」を出して彼らの懐柔を試み、更に戒厳令の布告とともに決起部隊を戒厳司令部に組み込んで、彼らをコントロールしようとするが、意気軒高な決起部隊はなかなかいう事を聞かない。そうしているうちに、宮中に参内した小島(川島)陸相は昭和天皇の逆鱗に触れ、有名な「陸軍が躊躇するなら、朕が直接近衛師団を率いて叛乱部隊の鎮圧に当たる」と言われる。ここに決起部隊は「叛乱軍」となり、戒厳軍によって包囲される事になる。その後はご存じの通り。結局叛乱軍は原隊に復帰し、首謀者たちは憲兵に逮捕されるが、安東は自決を試みるもののその後に回復し軍法会議に臨み、死刑判決を受ける流れとなる。こうした歴史ものは結果を知っているだけに、どれだけ興味が持たれる題材を選ばないと、映画としては成り立たなくなる。本作は主人公に焦点を当てて悲劇性を高める演出が取られているが、史実でも安藤は直前まで決起に消極的だったので、彼を叛乱将校の総意として捉える事は出来ない。

歴史的な解釈としては色々あるが、映画として見ると2.26事件をうまく扱っていたと思う。こうした作品での鶴田浩二の演技は、何かに憑りつかれているかの如く真に迫って見えるし、佐藤慶と静と動の対比になっているのが面白いところだ。ただ似ているかと言われると疑問が残る。実際の安藤大尉はメガネをかけていて、他の映画ではちゃんと描かれているが、本作では鶴田浩二は裸眼のままだ。確かに鶴田浩二には眼鏡は似合わないが。

張りぼての89式戦車。映画の為にわざわざ作ったようだ

形式不明の野砲