タイトル 火の鳥 エデンの花

公開年

2023年

監督

西見祥示郎

脚本

真野勝成 木ノ花咲

声優

宮沢りえ

制作国

日本

 

本作は、漫画の神様・手塚治虫がライフワークとして位置付けていた名作「火の鳥」のうち、地球と宇宙の未来を描いた「望郷編」をアニメ映画化したもの。実を言うと、私は最初に読んだ「火の鳥」がこの「望郷編」だったので、よく覚えている。それだけに、「こいつら正気か?」と制作にあたったSTUDIO 4℃の精神状態に疑念を抱いた。それぐらいこの「望郷編」はいくつもの問題をはらんだ作品だった。その事もあって、今回は「望郷編」との比較が中心となり、本作の感想は少なめとなるが、手塚治虫作品は奥深さとやばさを同時にはらんでいて、安易に手を出してはいけないと思うからだ。

以下は「望郷編」の粗筋となる。

主人公のロミは、恋人の大学の研究費を横領した間丈二と地球を逃走。不動産ブローカーに「エデン17」と呼ばれる星に移住するが、とんでもない事故物件で、絶えず地震が頻発し水脈も枯れている状態。ようやく丈二が井戸を掘りあてるが、事故で死んでしまう。そのあとやって来たブローカーに言い寄られるが、子供が出来ていてブローカーを射殺。子供をカインと名付けコールドスリープに入り、20年後に目覚めるとカインとの間に7人の子を生すがすべて男の子。その為またもやコールドスリープに入り孫のセブとの間に子を生しても、やはり生まれるのは男の子ばかり。それを何度か繰り返しているうちに、それに哀れんだのか火の鳥がムーピーの乗った宇宙船をエデン17に到着させ、ロミの子孫たちとの間に子を生していく。

何故かロミのキャラクターデザインだけ微妙にテイストが違い、ずっと気になった

 

次にコールドスリープから目覚めたロミを待っていたのは、ムーピーと人間との子孫たちによって、開拓され、繁栄しているエデン17の姿だった。すでに純粋な地球人はロミ一人だけで、彼らの女王とあがめられ、何不自由ない生活を送ったが一抹の寂しさ拭えない。ロミがエデン17に来て100年以上たったある日、少年コムと出会い彼からムーピーたちがエデン17に来た時に乗っていた岩の塊のような宇宙船を見つけた事を知り、望郷の念が募ったことから乗り込むが何の前触れもなく急に動き出す。そのまま宇宙に飛び出した宇宙船は、ロミとコムを乗せ地球探しの旅に出る。

その後なんやかんやあって地球に到達できるが、その頃の地球は移民たちのリターンに悩まされ、地球に無許可で接近する宇宙船は、問答無用で撃ち落とすようになっていた。途中で出会った宇宙飛行士牧村と悪徳商人ズダーバンの協力もあり何とか地球には入れたが、そこはロミがイメージする緑豊かな大地は存在しなかった。現地で知り合ったロボットチヒロの協力でロミが思い描く自然豊かな場所にたどり着くが、そこに政府の刺客となった牧村が訪れ、ロミとコムを殺そうとするが、ズダーバンから治療を受けた時、ロミは引き換えに寿命が短くなっていた。その為牧村の手にかかる前にロミの寿命は尽き、コムはムーピーの能力が発揮され地球の花となる。

その頃エデン17は最後に生き残った純粋なムーピーがロミの代わりを務めていたが、ズダーバンの策謀で麻薬が蔓延し、それまで善良だった人々は争うようになる。やがてズダーバンの策謀で革命が起きるが、惑星全体を覆う大地震が襲い掛かりエデン17の文明は滅びてしまう。ズダーバンは逃げようとするが、彼の乗ってきた宇宙船は雌雄両性の生物ノルヴァの子供たちに乗っ取られ宇宙に飛び立ってしまう。実はエデン17は元々地震の多い星だったが、火の鳥がそれを押えていて、ロミの死をもって火の鳥はその封印を解いたのだった。すべてが死に絶えたエデン17に牧村の乗った宇宙船がやってきてロミの亡骸を丈二の傍に弔い、「星の王子様」を読み聞かせると立ち去る。すべてが去ったエデン17で再会を喜ぶロミの丈二の声が響いていた。というのが原作の粗筋。

本作も基本踏襲しているが前半が大幅に改変され、後半の重要キャラ・ノルヴァは存在そのものがカットされている事から、後半でズダーバンがエデン17を混乱させる意図が不明瞭になっている。突然前振りもなくチヒロが登場するし、ロミの寿命に関する問題も不明瞭になっているが、こうした改変も物語に収まりの悪さをもたらしている様に感じた。

 

まず冒頭の近親相姦の部分は当時でもタブーで、シリーズ屈指のバッド・エンドを含めて議論を呼んだ。ただ全体を読めば「望郷編」は文明の始まりから終焉。そして新たな文明の起こり。そして、何があろうと生き残り子孫を残すという逞しい女性の姿を通して、生と死と倫理の関係を問いかける内容となっている。あのまま倫理を優先して死を迎える方がいいのか。あるいはタブーを破ってでも子孫を残した方がいいのか?というにわかに断じられないテーマだが、それは長い原作があってから判断できるものだし、現在安易に近親相姦を描くこと不可能。私が制作側の正気度を疑ったのもこの部分だ。

しかし見て見ると、近親相姦は綺麗にスルーされノルヴァの存在はカットされ、ラストが大幅に改変され希望が持てるラストとなっている。その分、全般的にやや薄味になった感は否めない。そもそも火の鳥がいなくても、本作は物語として成立してしまうところは、重大な欠点として見ていいのではないだろうか。

ロミ役の宮沢りえは、若い頃も年取ってからも声が同じという欠点はあるものの、割と無難に演じていたと思う。一方の窪塚洋介は、喋るたびに苛立ちを覚え、全く声の演技になっていないほど酷い。話題作りで有名俳優を起用するのはいいが、せめて脇のゲスト出演程度にしてメインはプロの声優に任せてほしい。これは以前から言われていたが、一行に収まる気配はない。有名人を起用した作品が、話題を集めてヒットするという事はないようだし、こうした安易な客寄せパンダはやめてほしい。

 

今回見て思ったのは、手塚作品を描く事の難しさ。何故あえて「望郷編」を描こうとしたのかは分からないが、少々甘く見ていたのではないだろうか。最近手塚作品を知らない世代も増えているが、それだけ安易に手を出すと火傷を負う事になる。本作もやばい部分を取り除いて描けば何とかなると思ったのかもしれないが、肝心のテーマが分からなくなっては本末転倒だ。特に「火の鳥」は禁忌に触れている部分も多いだけに、取り扱いには十分に注意すべき。

ちなみに本作は元々Disney+限定配信だった作品を、劇場用に再編集したもの。その際結末が変えられているようだが、調べて見るとそっちはかなりバッド寄りだったよう。本作がバッド・エンドだと最初に述べたが、俯瞰して神の視点で見るとバッド・エンドにならないというややこしさがある。やはり手塚作品は「取り扱い注意」だ。