水爆と深海の怪物(1955年)監督 ロバート・ゴードン 主演 ケネス・トビー(アメリカ)

北太平洋に出現した深海の大ダコの恐怖を描くSFパニック映画。レイ・ハリーハウゼンがストップモーションで大ダコを描写し、その技量の高さを大いに示すことになる。本作はモノクロ映画だが、後にカラーライズ版も作られた。
なお、本作の大ダコは放射能の影響で深海から現れただけで、別に放射能で巨大化したわけではないが、一部の資料にはそのように誤記されていることがある。

映画は原子力潜水艦の試験航行時に正体不明の潜水物体の襲撃を受けて動けなくなるが、何とか脱出して命からがら帰ってくるところから始まる。
船体から何か生物の一部のような物体が発見され、艦長のマシューズ中佐は上層部に報告するが、原因究明のためハーバート大学の海洋生物学者ジョイス博士とカーター教授が派遣され、物体の特定を行う。
映画が公開された1年前の1954年に、初の原子力潜水艦ノーチラスが就役しているから、それを意識した設定と思われる。作中で原子力潜水艦の事を「今までのと比べると広々としている」と言っていたが、当時の通常動力潜水艦タング級と比べると大きさに大差なく、原子炉に多くのスペースを割かれたので、さほど居住性がいいものではなかった。

新しいヒロイン像を作り出そうとしたようだがこうしたサービスシーンもあったりする


主演のマシューズ中佐は、「遊星よりの物体X」や「原子怪獣現る」等、この頃SF作品の出演が多いケネス・トビーが演じた。なお、彼がSFに出るときは何故か軍人役が多い。80年代以降はジョー・ダンテ監督作品によく出演している。
劇中で大ダコに引っ掛け「新種の女性」と揶揄されたヒロインの、ジョイス博士にはフェイス・ドマーグ。彼女は同年公開の「宇宙水爆戦」でもヒロインを演じている。研究一筋のジョイス博士は、過去の価値観にとらわれない新しい女性像が反映されている。それでも現代の視点だと、最初は反発していたマシューズと恋人になったり、海岸で水着姿になるというサービスカットがあったりと、十分に従来のヒロイン像を踏襲しているのだが、この頃はこれが限界だったのだろう。
ふたりの調査で、物体がタコの一部であることが判明する。物体が放射能を帯びていたことから、核実験で放射能を帯びた魚を捕食した結果、タコも放射線を出すようになり、餌となる魚が寄って来なくなったので、餌を求めて深海を出てきたものと推測したが、海軍としてはありがたくない説だったので無視されてしまうあたりなかなかリアル。


その後、太平洋で貨物船が沈没し、乗員は最初怪物に襲われたと言っていたが、医師から精神病院に入れられると脅されると証言を覆す。そこで、ジョイスが機転を利かせ、彼から「大ダコに襲われた」との証言を引き出し事態が明らかとなった。
マシューズとジョイスは、オレゴン州の海岸で5人が行方不明となった事件の調査に出かけるが、そこで大ダコに襲われ案内をしていた保安官が殺されてしまう。これを受け軍は西海岸一帯に警戒態勢を命じ、航空機や艦艇で大ダコ捜索を行う。厳重な警戒区かいくぐり、ついに大ダコがサンフランシスコに襲来、ゴールデンゲイトブリッジを破壊する。更に町に迫る大ダコ。果たしてサンフランシスコを守ることができるのか?というのが大まかな粗筋。

劇中の数少ない市街戦シーン


撮影の大部分は、サンフランシスコ海軍造船所で行われ、海軍の兵士がエキストラで出演している。本作は予算が限られていたので、コストを抑えるために、ロバート・ゴードン監督は実際の潜水艦内で水上と水中の両方を手持ちカメラで撮影した。また、制作費の節約は特撮にも及び、本作に登場する大ダコは足が6本しかない。もっとも、全景を映すカットも少なく足は常にうようよと動いているので、タコやイカの足の数を数えなければ気が済まない人を除いて、分かる人はいないだろう。2013年にギリシャで六本足のタコが観光客によって捕獲された。この時発見者Labros Hydras氏は、それが希少な生物だとは知らずに、家族で食べてしまったという。世間の反応はそんなものなのかもしれない。

吸盤が妙にリアル


特撮のレイ・ハリーハウゼンの比較的初期の作品で、そのストップモーションは素晴らしく、特に山場のゴールデンゲイトブリッジ襲撃シーンは、今見ても迫力がある。ただ、特撮に比べるとドラマの出来はいいとは言えないのが難しいところ。普通この手の映画は序盤で最初の山場を設けるべきで、本作なら中心の3人が、海岸で大ダコに襲われるシーンがそうなるはずだがあっさりと終らせているのが残念。ここでジョイスが大ダコ退路を阻まれ、マシューズの奮闘で助けられるような展開にすれば、序盤で盛り上がったはず。その後も、二人のラブコメがだらだらと続き、大ダコが暴れまわるのは上映から1時間近く過ぎてからなので、盛り上がりに欠ける。また、最後の劇他紙シーンも、わざわざ水中に追い返して攻撃するよりも、動きの鈍い地上で攻撃した方が良かったと思う。最後の原潜による攻撃まで、軍はほとんど攻撃しなかったので、盛り上がりに欠けた。新時代の兵器として原子力潜水艦を活躍させたかったのかもしれないが、最期もなんだかあっけない終わり方をしたのが残念。その意味でも本作は、ハリーハウゼンが動かす大ダコを楽しむ映画だと思う。

Labros Hydras氏がとらえた6本足のタコ。井原西鶴の「奈良の庭竃」を思わせる