ソルジャーズ/ヒーロー・ネバー・ダイ(2017年)監督 アーテム・セイタブラエフ 主演 ビチェスラフ・ドブジェンコ (ウクライナ)

ウクライナ軍と彼らを支援する義勇軍はドネツク空港を舞台に、クリミア半島はロシアのものだと考える親ロシア組織と死闘を繰り広げていた。歴史教師からウクライナ軍の兵士に転じたセールペニは、政治的信条の異なる面々と対立しながらも戦いを続けていた。

戦地へ向かう家族を見送る少女の姿が切ない


ソ連崩壊に伴い独立したウクライナで、2014年9月28日から2015年1月21日までの間、第二次ドネツク空港の戦いにおける戦闘の間、ドネツク人民共和国軍の絶え間ない攻撃を阻止し続けた空港を守るウクライナ兵士を描いた映画。映画では約4カ月にわたった攻防戦の中で、10日間を抜き出して描いている。
映画の冒頭でウクライナ軍隊長が「情報によるとブラチーノを使ってくる。つまりこれが最後だ」と、自分たちに最終局面が迫っていることを告げ、「逃げたい者は逃げろ」と伝えるが、誰も逃げようとはしない。この辺りはお約束だが、なかなか胸に熱いものがこみあげてくる。なお「ブラチーノ」とはロシアの気化爆薬であるサーモバリック爆薬弾頭ロケット弾を発射する自走砲。T-72の車体にロケットランチャーを取り付けている。アフガニスタン紛争やチェチェン紛争等で使用され、その殺傷能力から無差別破壊兵器として、使用にあたって西側から批判が起こった。なお、現在のウクライナ戦争でもCNNの記者によりベルゴロド南方で使用されているのが目撃されている。

調べたが当時参謀総長だったムジェンコ将軍の役だった。


そこから映画は時をさかのぼり、彼らが空港に向かうところ。多くの兵士でごった返す中、兵士を取材しようと無責任にマイクを突き付ける記者の姿も。そんな中、兵士の娘であろう女の子が、自分が描いた絵を捧げ持っている見送る姿に胸を打たれる。
空港に到着すると、廃墟と化したビルにはあちこちに敵兵が隠れ、部屋一つをめぐる過酷な戦いが繰り広げられる。しかもウクライナ政府軍はロシアや分離派の情報戦で反撃を封じられて苦戦する。上官がやってきても「ミンスク合意違反だから反撃するな」と言われ、切れた隊長が「それなら撤退を」と進言すると、あたふたしてお茶を濁す始末。更に部隊を悩ますのが、志願した兵士たちの動機がバラバラなこと。


絵にかいたような愛国心を訴える者もいれば、「あんたら古い世代は、この23年間を台無しにしたくせに偉そうなことを言うな」という若い兵士もいる。この23年というのは、1991年にウクライナが独立したことを指す。ドンバス紛争の時点で、もうソ連時代を知らない世代が兵士として戦場に赴くほど、時がたっていたことに驚かされる。
またドラマ後半に、捕虜となった分離派の兵士と対話するところでは、彼は「旧ソ連時代の偉大な祖国を取り戻したい」という。戦闘に加え、ウクライナの独立についてこうした議論を交わすシーンも本作の見どころだ。
撮影はキエフ地方のクリュコフシチナで始まった。一部はチェルニーヒウ地域で撮影され、戦車のシーンはウクライナ軍のゴンチャリフスキー訓練場と予備のチェルニーヒウ飛行場の外観で再現された


映画の製作費180万ドルの半分はウクライナ政府によって資金提供され、ウクライナ国防省が全面的に協力したが、上記の事からも分かるとおり、本作は単純なプロパガンダ映画になっていない。無論、根本にあるのはプロパガンダなのだが、本質的な部分は独立後も経済が好転せず、オリガルヒにより貧富の格差が拡大しているウクライナの苦悩がベースとなっている。プーチンはそこに付け入りクリミアを占拠。そして東部の分離派を支援して内戦を出現させた。更に、政府軍が圧倒し始めると直接介入に踏みこんだ。ただこの時国際社会はウクライナに冷たく、結局不利な形で停戦に応じざるを得なかった。もっともこの時、今のウクライナ軍からは想像もつかないが、クリミアのウクライナ軍は戦わずに逃走したり、最初は東部でも分離派の攻撃に応戦するのだけで手いっぱいだったり、ウクライナ軍はお世辞にも士気が高いとは言えない状況だった。ふがいない正規軍に比べ、義勇軍や民兵は奮戦しこの映画で登場する兵士たちは、義勇兵たちという設定た。やはり自分の国を自分で守ろうとしない国は、どこも援助してくれない。


兵士たちの志願する動機は様々で、対立することもあったが、地獄の戦場の中で、指揮官の下、次第に強いきずなで結ばれていくという戦争映画の定石通りの映画。その意味では鉄板なのだが、その舞台がつい最近の戦争であることに加え、ウクライナ人同士であることに身をつまされる思いがする。ヒロイックな描写は少なく、決してスカッとする映画ではないが、双方とも主張はきちんと描いていて、公平な印象がする。そして現在ウクライナは独立の道を選び、強大な軍事大国相手に一歩も引かない奮闘を見せ、全世界から賞賛され、戦うのに必要な物資が毎日のように送られている。これを見ると、自分の国を自分で守るという当たり前のことの重要性、そして同盟国の存在の大きさを感じさせる。
ちなみに原題の「Kiborgy」は”サイボーグ”の意味。寡兵で装備も劣悪な中で、ロシアに援護された分離主義者の猛攻をしのぎ続けた守備隊への、賞賛の意味を込めて呼ばれるようになった。