六月の蛇(2002年)監督 塚本晋也 主演 黒沢あすか(日本)

 

梅雨の東京。電話での悩み相談を仕事にしているりん子は、サラリーマンの夫とセックスレスだがそれなりにゆとりのある生活を送っていた。そんなある日、りん子の下に1通の封筒が届く。中には、彼女の自慰行為を隠し撮りした写真と携帯電話が入っていて…。

姿なき脅迫者に驚くりん子

 

セックスレスの夫婦とその妻のストーカーによる、ゆがんだ性愛の行方を描いた官能ドラマ。監督・脚本は「BULLET BALLET バレット・バレエ」の塚本晋也で、自ら撮影監督も務める。ベネチア国際映画祭の審査員特別大賞を受賞した官能作品。

本作を見始めてまず目を引くのは、モノクロの映像。それも淡く青みを帯びていて美しい。その、ブルーの色合いが作品の雰囲気と絶妙にマッチしており、梅雨時の湿っぽい空気を現しているように感じられる。というのも本作は外のシーンは終始雨が降っている。

主人公のりん子は、自殺相談のコールセンターに勤めている。本人は、ごく普通の毎日を送っていたが、年上の夫重彦とはセックスレス。その理由というのが、彼は極端な潔癖症でりん子の隣で寝ることすら避けるようになっていた。そんな時、彼女の元に自慰行為にふけるりん子を隠し撮りした写真が送られてくる。送ってきたのはかつてりん子が自殺を思いとどまらせた道郎。彼は自慰行為にふけるりん子に、性的な欲求を満たすことこそがりん子の本来の姿と説き、自分の要求を聞けば写真を返すと告げ、彼女はしぶしぶ要求を呑む。彼の過激な要求を満たし写真を手に入れるが、後日1枚だけ入れ忘れたと電話をかけてくる。そして病院へ行けだけ言って一方的に電話を切る。病院へ行くと彼女は乳がんだと分かる。道郎も末期の癌で、そのことから彼女の写真を見て乳癌だと気が付いたのだ。りん子は夫の重彦と相談するが、驚いたことに彼はりん子の、綺麗な体が失われることを恐れ、手術に反対するのだった。

演技未経験の拙さが意外な効果を出した

 

塚本晋也監督の作品を見た人であれば、彼の映画は「エロ」と「暴力性」が欠かせないことがわかるはず。本作はその両方の要素が、密接に関連する構成となっている。夫の重彦は優しいし、妻の事はそれなりに愛しているようだし、りん子も夫の事を愛している様子なのだが、お互い片道切符で愛し合ってはいないという微妙な関係。その原因は、重彦が極度の潔癖症で妻の体に触ることもできず、家にいる時はひたすらシンクやバスルームの掃除にいそしむ日々。そしてりん子も半ばあきらめている様子で、一緒に寝ることを拒否してソファーで寝る夫に黙って毛布を掛けている。あんないい女をほっとくとは!!

主人公りん子を演じているのは黒沢あすか。子役出身で脱ぎっぷりも良く、若い頃は個性的な監督の映画に出ることが多かった。決して美人ではないが、所謂表情や仕草でいい女を表現できる演技派。本作は彼女にとって初期の代表作といえる。

夫の重彦は神足裕司。“こうたり”と読む。コラムニストでこの頃はよくテレビにも出ていたが、2011年に発病し現在自宅療養をしているという。全く演技経験がないにもかかわらず、本作では準主役に抜擢され、予想通りの棒読みのセリフと、稚拙な演技を披露するが、意外な事にそのぎこちなさが、重彦の幼児性を際立たせる結果となったが、多分“意外”ではなく塚本は狙っていたのだろう。しかしラストの黒沢あすかとの濡れ場は、妙に力入っていた!まさか彼女とナニがやれるから、出演したんじゃないだろうな!?なんか、腹立ってきたぞ!

ブルーがかったモノクロの映像が美しい。そして黒沢あすかも美しい

 

見方によっては二人のキューピットとなる道郎を、監督も務める塚本晋也が演じているが、ちゃんとした演技ができるので、自分の監督作以外にも俳優として出演することが多い。

後半で道郎は重彦を殴打するが、それは彼がりん子の状況を直視しようとせず、まるで子供のように駄々をこねる姿に激怒したからで、道郎もかなり倒錯した形でりん子を愛している。このアブノーマルな叱咤激励で重彦はりん子の現状を理解できたばかりでなく、彼女の愛し方を理解し、ラストで激しく彼女と体を重ねるが、その功労者と言って良い道郎は癌で余命いくばくもない。彼は自分の想いを重彦に継がせることで、自分の生の証をこの世に残そうとしたのかもしれない。ある意味で歪んだ三角関係を描いた映画といえる。もっとも“三角関係”は最初から歪んでいるが。