七つの顔(1946年)監督 松田定次 主演 片岡千恵蔵(日本)

 

あるレヴュー劇場の花形歌手清川みどりが火事に紛れ誘拐され、金田金平から借りたダイヤの首飾りを盗まれ解放された。この事件の捜査に長谷川警部と、ダイヤの首飾りの貸主金田金平は、もと鬼刑事でならした本堂応助を伴って来訪し、また私立探偵多羅尾伴内の登場となって、事件は波乱を生む。本堂は犯罪の知能性から、これは昭和十六年以来消息を絶った日本ルパン藤村大造の所業だと断定するが、伴内はこの事件の解決には三日もあれば充分だと豪語するのだった。

さえない中年探偵多羅尾伴内。しかしてその実態は、時代劇の大御所!

 

太平洋戦争後、GHQ(連合国軍総司令部)の命令で時代劇の製作が禁止されたことから、映画会社はそれに代わる作品を模索することになる。大映の時代劇脚本家である比佐芳武は、時代劇の大スター片岡千恵蔵のために現代劇を書くように指示され、試行錯誤と苦心の末に名探偵「多羅尾伴内」を主人公とする本作の脚本を書き上げた。試写の評判は芳しいものではなかったが、公開されると大ヒットし、大映のドル箱となっていく。しかし批評家の評価は散々で、さすがに気にした大映社長の永田雅一は「多羅尾坂内は本格的な映画が作られるまでのつなぎだ」と発言。これが片岡千恵蔵の怒りを買い東横映画(後の東映)へ移籍。人気シリーズだったのも関わらず、『七つの顔』『十三の眼』『二十一の指紋』『三十三の足跡』の4作で打ち切られることになる。なお東横・東映でも片岡千恵蔵主演で7本作られ、いずれも大ヒットする。

映画は、手品師が手品を披露するところから始まるが、それは片岡千恵蔵なのはバレバレ。そこに。轟夕起子演じるレビューの花形清川みどりのも誘拐事件が起きる。事件現場に必ず名探偵がいるが、事件発生現場に探偵が居合わせる確率はどの程度なのだろうか?ここで鮮やかな活躍で事件を阻止する、などという事はなくみすみす誘拐される役立たずっぷり。もっとも阻止しては話が進まないが。

まだ若々しい月形龍之介

 

その後、帰ってきたみどりの元に探偵多羅尾伴内となって、のこのこと押し掛け、勝手に依頼を取り付けてしまう。みどりの証言で、彼女が誘拐された家を突き止めるが、本堂応助がその家を探し当てるまで何故か公表を控えていた。なぜ多羅尾が家を探し当てたかは明示されないが、この程度で驚いてはいけない。この後も彼は、鮮やかに推理を進め犯人へ迫るが、その過程が描かれることはなく、彼が言う事はすべて真実となるのだ。

探り当てた家の間取りや構造は、みどりの記憶と一致する。その家は、都知事選挙に立候補しようとしていた、野々宮信吾の家で、演じるのは月形龍之介。水戸のご老公が都知事になろうとしていたとは知らなかった。家の中から次々と証拠が見つかり、逮捕されるご老公とその妹早苗。だが、早苗は多羅尾の機転?で逃走する。これだけの失態を重ねても、なぜかみどりは多羅尾にメロメロ。多羅尾は変装で捜査を進め、都知事選挙が絡んでいると目星をつける。清潔な野々宮が知事になれば、甘い汁を吸えない奴らが信吾に罪を着せる為事件を起こしたと推理。更に信吾の父親が愛人の為に、そっくりな家をもう一つ立てていた事を突き止める。

野々宮へ面会できぬと知るや、老警官となって事情を聴き(警視庁のセキュリティ大丈夫か?)、新聞記者に変装し事件の黒幕に取材、犯人の一人を片目の運転手となって捕らえる等々、七つの顔御持つと豪語するだけあって巧みな変装で事件を解決させる多羅尾伴内。しかしてその実態は、正義と真実の人藤村大造。かつて大泥棒としてその名を轟かせていたが、罪滅ぼしのために正義の使者となって活躍する。なんとなくルパン(3世ではなく本家の方)っぽいがそれもそのはず、モデルはモーリス・ルブランが創作した怪盗ルパン。本作はルパンの短編「謎の家」をモチーフにしている。こちらでも犯人と疑われるのは兄妹となっているし、捜査に当たる探偵の正体が実はルパンであるなど、ほぼ翻案といってもいいほど類似点がある。権利関係をどうしたのが不明だが、この時代だからこそ出来たと言える。今なら映画が大ヒットして映画会社がウハウハ言ってるときに、法外な請求書が送りつけられるはずだ。

ヒロインの轟夕起子。宝塚出身だけにこうした役は良く似合う。

 

前述の通り、本作はあくまで時代劇を作れるまでのつなぎだったで、その意味で永田の発言は間違いではなかったが、娯楽に飢えていた庶民から喝采で迎えられ、片岡千恵蔵の代表作になっていく。突っ込みたいところは多々あるが、それをやるのは野暮というもの。ファンタジーと割り切ってみるべきだろう。何よりさえない中年探偵、多羅尾伴内になった時の片岡の飄々とした様子が楽しいし、お約束の変装もバレバレだけど、本人もノリノリでやっているように感じられる。

決め台詞の「ある時は片目の運転手、ある時は競馬師、ある時は私立探偵多羅尾伴内、またある時は奇術師、しかしてその実態は、正義と真実の人、藤村大造!」といいながら変装を解いていくところは、落語家の林家木久扇が頻繁に真似をしているが、かなり誇張していて本人はちゃんと活舌良く喋っているからご安心を。

後に水戸黄門役で大ブレイクする月形龍之介の、若き日の姿を見る事が出来るし、時代劇が多い上田吉二郎や原健策らの洋装姿を拝見できる。ストーリは単純そのもので、批評家の批判もあながち間違ってはいないが、戦争という暗い時代が終わった当時の庶民は、理屈抜きで楽しめる本作を歓呼の声で迎えた。そうした庶民の思いが、本作のヒットを後押ししたのは間違いないだろう。

終盤には激しいカーチェイスが!

片岡御大の7変化も見どころの一つ