哭悲THE SADNESS  監督 ロブ・ジャバズ  出演者 レジーナ・レイ  ベラント・チュウ

台湾である感染症がひそかに流行する。“アルヴィン”と名付けられたそのウイルスは、風邪のような軽微な症状しか伴わず、不自由な生活に不満を持つ人々の警戒はいつしか解けてしまっていた。やがてウイルスが突然変異し凶暴性を発揮させるようになり、感染者たちは罪悪感に涙を流しながらも、街は殺人と拷問で溢れかえってしまう。地下鉄での惨劇から辛うじて逃れ、数少ない生き残りと病院に立て籠もるカイティンは恋人のジュンジョーに連絡。救出を待つが...

監督は、台湾在住のカナダ人でアニメーターとしても活動しているロブ・ジャバズ。新型コロナウイルスのパンデミックを想定していることは難くない。2012年8月12日に、スイスで開催された第74回ロカルノ国際映画祭でワールドプレミア上映された。 また、カナダのモントリオールで開催された第25回ファンタジア国際映画祭で上映され、最優秀新人映画賞を受賞するなど、国際的にも評価が高い。 2022年の第3回台湾映画批評家協会賞で特殊メイクアップ賞を受賞した。
基本的に主人公半径10メートル以内の出来事を描いているから、スケールは小さめ。それ以外はテレビやラジオで情報が提示されるほか、中盤でベラント・チュウが高台から街を見下ろすシーンで、サイレンの音やあちこちから煙が上がるシーンが、唯一半径10メートル以外を描いている部分だ。ただ描き方がうまく、低予算の中でスケール感を出すのに成功している。終盤になり総統がテレビで国民に呼びかけていると、隣にいる将軍が発症し総統の口に手榴弾を咥えこませ、一緒に自爆するシーンで絶望感を際立たせ、それが最後の病院内の大惨劇につながるところなどの切り替えが絶妙。
最初は普通のゾンビ映画かと思ったし、広い意味ではゾンビ映画なのだろうが、こちらは知能もあり言葉を話すことができるから、本能的な行動しかできないゾンビとは異なり、見分けがつきにくい。それと仲間は手にかけなゾンビとは違い、こちらはお構いなしに感染者同士で殺戮を繰り広げる。ここは、主人公が感染者に暴行されている被害者を助けたら、実はそいつも感染者だったというシーンなど、ゾンビ映画を見慣れている観客への、巧みなミスリードでにうまく生かされている。ただ、感染者が徒党を組んで非感染者を襲ってくるシーンもあるから、徹底されていない部分もある。ここはシンプルに非感染者しか襲わないとしたほうが良かったのでは?
グロ描写はかなりキツイうえに、人間の暴力本能を描いている部分もあるので、誰でもお勧めできる映画ではないが、興味があるのなら一度は見ておいた方がいいだろう。もっともウイルスの最終目的は生存と繁殖なので、宿主を死に至らしめるような極悪変異はしないと言われている。
ラストに登場した学者の「赤ん坊を殺す時楽しかった」というセリフは、人間の本質は暴力だと示しているのかもしれない。性善説を信じたい人は受け入れがたいだろうが。
主演のレジーナ・レイは、本作が映画初出演で初主演。なかなか堂々たる演技を披露しているので、これからが楽しみ。