吸血鬼ドラキュラ(1958年)  監督 テレンス・フィッシャー 主演 ピーター・カッシング クリストファー・リー
 1885年、ジョナサン・ハーカーはカルバチア山中のドラキュラ伯爵に司書として雇われ伯爵の城を訪れたが、伯爵は吸血鬼だった。ハーカーを手にかけた伯爵は、ハーカーの新妻と姉を狙って英国へ現れ、悪魔学に精通したヴァン・ヘルシング教授がこれに立ち向かう。


イギリスのハマー・フィルム・プロダクション製作のホラー映画。ブラム・ストーカー原作の「吸血鬼ドラキュラ」を映画化したもので、同じ原作の映画として1931年のベラ・ルゴシ主演の「魔人ドラキュラ」があるが、本作が吸血鬼映画として初のカラー映画となっている。
ホラー映画史上屈指の傑作として名高い。戦後ホラーの黄金コンビとされるピーター・カッシングとクリストファー・リーの共演作で、監督はテレンス・フィッシャーと言う豪華な布陣。
ドラキュラ伯爵を題材にした作品は数多あるけど、これがいちばん娯楽性と原作重視そして格調高さを併せ持っていると思う。
ドラキュラは多くの弱点を持ち、その気になれば割と簡単に倒せるが、それだけに人間の心の弱さを突いてくる。誰でも自分の最愛の相手の心臓に、何のためらいもなく木の杭を打ち付けられないだろう。そのせいでさらに愛するものを危険に晒し、。更なる葛藤を覚えさせる。そんな彼らのあざ笑うかのように、裏をかいて襲うドラキュラの狡猾さ。この辺りの人間とドラキュラの心理戦は見ごたえがある。そしてその後数多く作られた吸血鬼映画が、本作に今一歩及ばないところだろう。
ハマー・フィルム・スタジオは前年に制作・公開した「フランケンシュタインの逆襲」の大ヒットを受け、本作はその翌年に制作した古典派ホラー第二弾となっている。興行収入では前作を上回る世界的ヒットとなり、ハマー・フィルムをクラシックホラー映画の名門に押し上げるとともに、フィッシャーをホラーの名匠とした。この後もハマーの「フランケンシュタインシリーズ」と「ドラキュラ」シリーズを中心に、1974年の「フランケンシュタインと地獄の怪物(モンスター)」まで、ホラー映画の良作を作り続けた。
「フランケンシュタインの逆襲」ではマッド・サイエンティストを演じたカッシングは、本作では一転して吸血鬼の恐怖と闘う正義のヘルシング教授を演じ、生涯の当たり役とした。また、前作では言葉をしゃべらない怪物役であったリーは、本作では威厳と気品、そして尊大さも併せ持つドラキュラ伯爵を演じ絶賛されることに。リーはその後も多く作品でドラキュラを演じ、ベラ・ルゴシと並び立つ、戦後を代表するドラキュラ俳優と称されることになる。ちなみにリーの母親エステレ・マリー・リーは実際にイタリアの名門貴族の出で、その祖先はフランク王国のカール大帝まで遡れるらしい。ちなみにドラキュラの爵位は伯爵だが、ルーマニアには「伯爵」に相当する爵位はないらしい。
主演の二人はその後もハマーの看板スターとして、そして映画界のレジェンドとして確たる地位を築くことになる。
重厚な演技の二人だが、クリストファー・リーは当時36歳。ピーター・カッシングは45歳と若く、特にリーはかなり肌艶がよく、老けメイクで誤魔化しているのがよくわかる。リーは長身で運動神経がよかったため当初はスタントマンが多く、のちに大スターとなっても、古典劇などの殺陣は自分でこなすことが多かったという。
余談だが、半村良先生の「亜空間要塞」で、ドラキュラをモデルにしたバンカー伯爵が登場するが、その容貌がピーター・カッシングにそっくりとの記述だったので、私は「そりゃクリストファー・リーだろう」と突っ込んだことがある。