「木 鶏」(もっけい)
「ようこそ、ようこそ」・・・・・遠路遥々こんな吉野の山奥まで来ていただき恐縮します。
今日お集まりの皆さんは、松下政経塾、日本会議の青年部、師友会の青年部の全員で、70余名の方々が北は山形から、南は鹿児島まで、日本のあらゆる所から何かのご縁で、お越しいただき感謝します。今日は、天気もいいですし、人数も多いいので「あおぞら講話」といたします。前の「孟子の浩然の気」の講話の時は、正座が長くなり、後で立ち上がる時、転んでる者もいたので、今日は、外で床机に座り、聞いて下さい。さて、君達の中から、必ず将来、総理大臣が出るであろう。しかし、総理大臣を退いたら、絶対に、議員も辞めてもらいたい。君達も気がついておると思うが、何時までも総理経験者が国会におるのはよろしくない。いいか未練たらしく、何時までも議員で残ってはならん。橋本や森や、中曽根の姿を見よ!いさぎよさが無いんだ、みっともないかぎりだ。あれは、いかん、よろしくない!ご意見番とか、調整役などと、周りからおだてられ、何時までも辞めない元総理は、税金泥棒とこころえろ。今日は、「木鶏」の話をするが、その前に一言注意をしておく、「聞け!メモなど取るな!」体で感じてください。わが師匠は、常に「牛のけつ」になるな「モ~の尻になるなと」よく叱られた「物知り」になるな・・・知識など、この世では大した役にはたたん。学校で習ったことのほとんどは社会では、何の力にもならん。知識があるか、勉強ができるか、そんなことは子供の遊びだ・・・いいか、学校の先生が教えたことを鵜呑みにするな。愛国心を愛国態度などと、まやかすな。断じて「行動なき知識」など糞の役にも立たないことを知れ。今日話します「木鶏」は、昨今の多くの政治家が持ち合わせてはいない。だから是非、今日お集まりの皆さんは、持って欲しいのです。それでは、長い話を短く話します。「木鶏」は、「荘子」にも「列子」にも出てきますが、「昔々・・ある中国の王様がね、闘鶏・・すなわちシャモとシャモを戦わせるために自分の鶏を、「紀渻子」という闘鶏訓練士に預けたんだが・・何時までたってもなかなか調教が終わらないので・・王様が「もうぼちぼちいいだろう?」というと訓練士が言うんだ「王様まだいけません・・この鶏は「空元気ばかりで踏ん張る力がありません」・・「そうかしかたがないな早くそれをなくしてくれ」・・しばらくして王様が「もうういいだろう?」と聞くと調教士は、「いけません・・相手を見ると興奮してトサカを立て大声を上げます」・・また、しばらくして王様が聞くと「まだまだ、相手を小馬鹿にするところがあります・・もうしばらく」・・・やっと、「王様もういいでしょう」と鶏を見ると「木で作ったような鶏に変化していた」そこで、他の鶏と争わしてみたら相手が姿を見ただけで・・すごすごと後に下がって行った・・と言う話だ。松下政経塾出身の前原や野田は、あの姿は・・まだまだ木の鶏どころか、紙の鶏でしかない・・吹けば飛ぶではないか・・・いいか、今、君達は志を持ち・・日本を良くするんだ・・日本のために活躍すぞと意気込んでいる・・それはそれでいい・・
しかし、政治家になったとたん、赤じゅうたんを踏んだとたん国民のことを忘れ派閥だの、学閥だの支援団体に拘束されがんじがらめで税金だけ仰山貰って何もしなくなる・・いいか、腰抜けの議員など目もくれるな・・「拝金主義者になるな・・金などいらねえ!国のために命を張る・・政治家にどうかなってくれ」・・・今、多くの拉致家族が、悲しみと苦しみにもがいている・・多くの政治家に期待して助けを求めている・・拉致家族とともに泣き、全員の拉致家族が帰るまで一歩も妥協しない強い政治家になってください。今日は、昨日「奈良駅前で、拉致を救う署名活動で、炎天下頑張ってトラメガで・・・・ご通行中の皆さん・・・拉致家族の問題は自分の家族が拉致されたんだと思い、真剣に取り組みましょう・・」
と大声で叫んでいましたので・・喉ががらがらで、少し変で、お聞き苦しい点はお許し下さい。・・・まだまだ、小泉さんも・・・まだまだ・・あの、偉そうな態度は駄目だ、「木鶏」には遠い・・諸君、これからも時々吉野に来て、「志を洗い清めよ!」・・ご静聴ありがとう。「君達の将来に期待する」