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(電話)トゥルルルル
嘉「はい、もしもし」
ペンタゴン住建 石川さん(仮名)「もしもし、嘉さんのお電話ですか?ペンタゴン住建の石川です。」
嘉 「石川さん、どうも、嘉です。今、現場にいます。」
石川「私もちょうど着いたところです。シルバーのプリウスです。畑の横に止めました。今からそちらに向かいます。」
嘉「わかりました。」
電話を切り、石川さんがこちらに来るのを待つ。
石川さんがどの方角から現れるかは一目瞭然だった。
なぜならこの物件は旗竿地
で、この家にアクセスするには目の前の細い路地から進入してくるほかないからである。
細い1本の路地以外に他に通路はない。
物件は四方八方、他人の家や畑や線路やらで囲まれている。
そして間もなくして、物件の手前にある1本の細い通路から男が一人歩いてい来るのが見えた。
男の全体像が徐々に明確になっていく。
紺色のブレザーに灰色のスラックス。髪はオールバックで、顔は・・・
顔を確認しようと顔の中心を見たとき、お互いの目が合い、男は会釈をし、そのまま歩き続けた。
すかさずこちらも会釈をし、男の方へ歩いて行った。
嘉 「こんにちは、石川さんですか?」
石川「はい、すみません、お待たせしました。」
ペンタゴン住建の石川さん(仮名)。年はおそらく50、60代といったところだろうか。
ジャーナリストの須田慎一郎から強面要素を70%取り除いた感じの顔だと思った。
歩き方、話し方、パリッとした紺色のブレザー。第一印象はとても誠実そうな感じを受けた。
嘉「いやー、スゴイ物件ですね!こんなボロボロの家は初めて見ました!」
石川「私も久々ですね、この物件を見に来るのは。」
嘉 「外はゴミと雑草で、壁は一部剥がれてますし、とても長い間放置されていた感じがします。」
石川 「そうなんですよ。この家の持ち主が、リフォームをやるやる言っておいて、結局今の今まで何もしてこなかったんですよね。」
石川 「とりあえず、中も見てみます?」
嘉 「そうですね、見てみます。」
カギを開けて二人で物件の内部に侵入する。
外もすごかったけど家の中もすごかった。
玄関開けたらすぐ目の前に畳の部屋が見えたが、畳の一部が陥没していた。
インディージョーンズの映画に出て来るようなトラップのあるダンジョンをすり抜ける様に、一行は畳の陥没部分を避けながら置くの部屋へと進んでいく。
先ほど外からも確認できた柱むき出しの箇所を再確認した。
壁が剥がれ、外の風景が丸見えだ。
既に柱はシロアリが食い荒らした後の残骸となっており、まるでジェンガの最終局面を思い起こす。
最終局面において、全ブロックは何一つ無駄のない必要最低限の存在となり、すべてが収まるべきところへ収まりながらバランスを保っている。
このスカスカの柱にもし指を入れたら、この物件ごと映画やドラマの撮影現場のハリボテみたいに崩れ落ちていくのではないか、と思った。
それくらいこの柱はスカスカだった。柱というより、こういう形の工芸品のように見えてきた。
石川 「すごいでしょう。これはもうこの部分だけは直さないとダメですね。200万くらいあればなんとかなるんじゃないかな。」
嘉 「この家は築何年くらいなんでしょうか?」
石川「そうですね・・詳細まではわかりませんが、おそらく40年以上は経っていると思いますよ。」
嘉 「もう建物としての価値はほぼないですね。」
(注*木造建築は築23年を過ぎると建物としての価値がほとんどなくなり、土地の値段だけで取引されることがあります。)
石川「まあ、そうなんですけどね、土地としては価値が十分にあるんですよ。」
「私35年くらいこの業界にいますが、実はこの物件、私が今までに見てきた物件の中でも本当に面白いもので、ダイヤモンドの原石のような物件と思ってるんですよ。」
嘉 「お宝物件みたいなものです?」
石川 「まあ、そのようなものですね。建物はもう価値はないですけど、土地の価値が高いんです。」
石川 「しかも見てください、ここは旗竿地でしょう?しかも4区画すべてが旗竿地の中に存在していて、唯一この1区画だけ建物が残ってるんですよ。」
石川 「建物の基礎が残っていれば、リフォームしてこの物件を蘇らせることができると思いますよ。」
石川 「面白いですよね、残りの3区画は更地で何の利用もできない死に地なのに、この1区画だけは建物があり、まだ利用価値が残っている。」
石川 「ここは将来、10倍以上の値に跳ね上がると思いますよ。」
嘉 「10倍以上ですか!?」
嘉の胸の鼓動が高鳴った。 つづく