手先が器用であるということ 4 | よしみ~なの COZY SPACE

手先が器用であるということ 4

よしみ~なは ものつくりに関しましては、
器用貧乏なくらい
割と 何事もすぐに 飲み込み、
一応できました。」レベルには達します。



そうですしT_T
器用といってもよいのではないかと思います。







よしみ~な
「自分が不器用である」という
コンプレックスに 日々苛まれているのでございます

:_:

 

 

 

 

それは よしみ〜なの周辺に

器用な方々がわんさとおられ、

日々 無言の圧力を感じているせいかもしれませぬ。

 

また

よしみ〜なはそういう器用な方々を

無条件に敬い、愛する傾向があるのでございます^^;

 

 

 

まあ 普通の意味で

不器用なのでございますが、、、

 

 

 

 

 

 

結局のところ

手先が器用になるには

「根気よく きちんと完成させる」ことを

「数作って積み重ねていく」しかないですし^^;

 

 

その「根気」というのがよしみ〜なには足りないわけで

それは「焦る気持ち」なのだろうと思います。

 

 

 

 

不器用な人はせっかちな傾向があり

早く完成させたいという気持ちが強いのかもしれません。

少なくともよしみ〜なはこのタイプで

しかも 気が散りやすくて飽き症

次々に違う新しいものを作りたくなってしまう

創作意欲過多の創作力過小タイプ

いいとこなしですやん。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

 

これでは救いようがないですし(ノ◇≦。)

 

 

 

せっかちとはすぐに結果を求める心

仏教的には「貪欲」の心

 

 

ならば 作る過程の方に意識を集中させて

心を鎮めていけばなんとかなるのかな?

 

 

 

永遠につながる「今」に集中していくことは

アドラー心理学の根幹の一つでもあり

一種の瞑想状態ですし^^

 

単純な手作業を繰り返して集中していると

雑念が消えて

心が落ち着いて いい気分になると

おっしゃる方も存じておりますし。

 

 

 

 

プロの作家さんたちも外には出していないだけで

何度も似たような失敗をしたり

試作品と称して何度も作り直ししたり

試行錯誤したりしておられます。

 

頭の中でいくら考えても

実際に作っているときの方が

アイディアもわいて参りますし

気づきも多いものですし

 

 

ならば

不器用でいいのかもしれないですし

 

不器用を自覚して自分を過信しないでいればいいので

ならば 人より時間をかけて

ゆっくり丁寧に一つを作っていけばいいですし

 

何度も型に合わせたり

何度も確認したり

しつけをこまめにつけたりして

 

それらが「めんどくさい」と思わなくなるまで

慣れればいいですし

 

めんどくさいことに慣れた頃には

めんどくさいことを簡略させても

作れるようになっているかもしれませんし

なっていなくても

苦にはならなくなっていることでしょうし

 

そして段々 より早くより綺麗に

完成度の高いものが

作れるようになってくるのだと思います。

 

 

 

 

出来上がったものを見て

「これは何度も作り直したものだ」

ですとか

「人の倍 時間をかけて作ったものだ」

なんてわかる人はいないのですし

 

器用な人がうらやましいと嘆く間に

一つでも 作りたいものを

作ればいいだけのことでですし

 

 

 

自分の力量があがったら

本当の意味での「ゆとり」もでて参ります。

 

ゆとりや余裕って

目標を下げて得るものではないんですし。

 

 

 

 

 

 

 

器用になること というのは

自分の器を大きくして

本当の意味での「余裕」「ゆとり」を持つこと

 

自分で「これをすることに意味がある」

「これがしたい」と思えれば

誰でも「器用」になれるですし

 

 

そして「完成度」の高いものが

作れるようになっていきますと

生来のセンスの良さや発想の斬新さが

光ってくるのもなのですし

 

 

 

とりわけ よしみ〜なは自戒をこめて

 

はじめから 発想とアイディアだけで

短期勝負をかけようとするな

 

を肝に銘じたいと思います^^;

 

 

 

 

。。。おしまい。。。