感情について
喧嘩・・・喧嘩になりません。一方的です。トラウマの人は、とにかく感情が先ですから、言うだけ言います。言い放題です。一方的に言われて、まるで10対0の事故のようです。そして気持ちが落ち着けば、やっと自分も悪いところがあった、と反省しますが、それも、自分が感情で、ぶちまけたことが相手に理解されたと思った時だけです。
トラウマの人の相手への攻撃は自分を守るためですから、徹底的です。
感情に任せて、自分の発する言葉に責任なく、自分の気持ちがとにかく落ち着くまで、相手に浴びせます。刺すような言葉、切るような言葉、叩きのめすような言葉、でもそういう言葉で相手がどれだけの傷を負ったのかは、見えるわけではないから理解していません。とりあえずこちらがボロボロになって何も言えずにガックリとうなだれると 安心して「言いすぎた」、とか、「自分も悪かった」とか言い出します。
もう、その時には聴かされるこっちは、こんな言葉は心には入ってきません。
仏教では「感情」は「因縁性(いんねんしょう)」と言います。
「喜怒哀楽」・・・喜び楽しみ位なら平和でいいですが、
怒り、哀しみは、相手への深い思いがあってのことですから、自分も相手も傷つけることになります。
その相手は、また仏教的にいう「縁」のある人です。
感情に支配されると、理性を失い、そこから先を考えることができません。その時の思いで一杯になって何も見えなくなります。その時に、相手を深く傷つけたり、自分を傷つけたりすることになります。
感情が因縁・・ではその因縁とは何でしょう・・・続く。