水無月草

水無月草

BL好きな主婦のブログです。ネタバレしてます。

子どもの頃の髪型は、二つ結びが定番だった。

 

でもずっと同じ分け目にしていると

 

分け目の幅が広くなる、

 

つまり禿げてくるから、ときどき変えていた。

 

 

同じ分け目にしていると禿げる、

 

という知識しかなかった私は、

 

中学生くらいまで、

 

男性が中年になると禿げるのも

 

その原理なのだと思っていた。

 

だからクラスの男子は、

 

将来の希望の禿げ方に沿って

 

今の髪型を決めていると思っていた。

 

 

当時は「片上げ」という髪型をしている男子が多かった。

 

前髪の左右どちらかだけとかし上げて

 

反対側の前髪は少し長めに垂らすというもの。

 

私の考える原理だと、

 

とかし上げた方の生え際から禿げていって、

 

垂らした方の髪は残ることになる。

 

バーコードのおじさんたちは、

 

この残った方の髪の毛で禿げを隠すようになるんだな、

 

と思っていた。

 

つまり禿げてきたら分け目が左右逆になるんだなぁ、と。

 

 

そしてたまに「両上げ」にしている男子もいて、

 

これは両方の生え際から禿げていって、

 

真ん中だけ残るようになる。

 

片上げより禿げる面積は二倍になるし、

 

バーコードにすることもできない。

 

あんまり将来のこと考えてないのかな、と思っていた。

 

もしくはすごく美意識が高くて、

 

今この瞬間、最高の自分でありたいと思っているのかな、と。

 

 

そして前髪を全部下ろしている男子は、

 

つむじから禿げると思っていた。

 

なので、つむじよりも前髪が残る方を選んだ、

 

バーコードかアルシンドならアルシンドを選んだんだな、

 

と思っていた。

 

これはもう好みの問題でしかないというか…。

 

 

この3パターンを比較すると、

 

一番禿げる面積が少ないのは「片上げ」だよね。

 

そりゃ流行るわ、と思った。

 

やっぱり将来のこと考えてる男子が多いんだなぁ、

 

でもバーコードが一番マシだと思ってるんだぁ…

 

と思っていた。

 

本当に思っていた。

 

 

その後、柳葉敏郎、通称ギバちゃんが出てきたときは驚きだった。

 

つむじから額に向かって髪を撫でつけて、

 

前髪は全部立てる、という髪型。

 

私の考える原理に則ると、

 

つむじからも額からも禿げるじゃん( ゚Д゚)

 

全禿げじゃん( ゚Д゚)!!!

 

ということになる。

 

 

でも逆に、なんて潔いんだろうとも思った。

 

これからは禿げを気にしない時代になるのかな、とも。

 

むしろ女性の薄毛より、

 

男性は開き直りさえすれば

 

かっこよくなる余地があるんだからいいのかもしれない。

 

 

なんか、ギバちゃんてかっこいいな。新しいな。

 

 

と本気で思っていた。

 

 

この話を結婚してから夫にしたら、

 

宇宙人を見るような目をされた(笑ってはくれたけど)。

 

前記事の『京都花街はこの世の地獄』は、

 

昨年手に取って読んだときから、

 

「日舞を習う人」という自分との共通点で

 

いろいろ思うところがあった。

 

 

私は最初から、

 

自分で お金を払って 習う

 

と割り切って日舞の世界に入ったけど、

 

芸事を 生業にするために 習う

 

のが舞妓さんだ。

 

この違いは本当に大きいなと。

 

 

私は、芸事を健全に継続したいなら、

 

自分で お金を払って 習う

 

のがベストだと思ってる。

 

芸事に限らず、どんな事業でも、

 

それを生業にしようとすると、

 

お金を払ってくれる人に合わせなければならなくなるから。

 

「合わせる」というのもまた言葉のあやで、

 

実際は「従う」が正しい。

 

芸事は、人間が普遍的に持つ「美しい」「素晴らしい」と

 

感じる心の動きで評価されるから、

 

お金を払ってくれる人を喜ばせるために

 

変質させてはいけない側面もあると思うんだよね。

 

それに、芸事以外のことを要求されたとき、

 

守ってくれるシステムが整備されていない。

 

「美しい」「素晴らしい」って曖昧で主観的なものだから、

 

やりようがないところもあると思う。

 

その点、スポーツは「成績」という客観的な尺度があるから、

 

スポンサードしやすい事業だと思う。

 

 

そして芸事の場合、スポンサーがついたとしても、

 

それで芸事に打ち込んで食べていけることはほぼない。

 

まあその、愛人関係もセットになったりするじゃないですか^^;

 

それは芸事そのものに、そこまでの収益力はないからだよ。

 

歌舞伎だって、事業としては赤字だし…。

 

企業にとっては不良債権、お荷物の部署に過ぎない。

 

もちろん「金儲け」だけに価値を置くべきではない事業も

 

世の中にはいっぱいあるから、

 

赤字=なくしてしまえ、という単純な話ではないんだけど。

 

むしろ、世襲制によってうまいこと権威を保ち、

 

芸術性や文化的価値を継承しているのであれば

 

かなり練られたシステムだと思う。
 

 

ただ一つ、生まれとは関係なく入れて、

 

生業にすることも視野に入れることができるのが

 

舞妓さんの世界だけど、

 

それでも『京都花街…』のような告発が出るほど

 

闇を抱えた側面がある。

 

 

詰まるところ、生業にしたいことと食べていくことが

 

直結しないものを選択すると、

 

それを埋めるためのあれこれに押し潰されてしまう

 

リスクが非常に大きいということだ。

 

実家が太いならまだしもね。

 

 

そうするとですよ、

 

これといった後ろ盾もなく芸事を続けたいなら、

 

一般人として平凡な生活を維持しつつ、

 

余力でやるのが一番いい、ということになる。

 

変な気起こしちゃいけませんよ、と。
 


まあ私が割り切り過ぎているからかもしれないけど、

 

この世界で一番警戒しなきゃいけない台詞は

 

「出してあげる」

 

だと思ってる。あ、もちろんお金ね^^;

 

私はもちろん言われたことないけど、

 

この世界でこの台詞を吐く人が、

 

本当に相手を思っているのかは甚だ疑問。

 

ましてや第三者ではなく師弟関係でこの台詞が交わされたら

 

かなり危なくないかな。

 

「タダより高いものはない」とはよく言ったもので、

 

そこにはプライスレスな見返りの要求が隠されているのだから。

 

良くて無利息の貸付、通常で利息付貸付、

 

あこぎなら投資的な意図があるはず。

 

それは相手を信用していないことになる、失礼だ、

 

という人もいるかもしれない。

 

確かにそのときその場は清らかな気持ちであっても、

 

もし関係性が悪化したら、

 

即座に刃になって返ってくるリスクは考えないのだろうかと思う。

 

そもそも皆自腹切ってやってる世界なんだから、

 

皆がやっていることは、あなたもちゃんとやりなさい、

 

というのが本当の親心じゃないですかね。

 

 

舞妓さんの世界は、

 

置屋さんが「出してあげて」いて

 

舞妓さんがそれを働いて返しているんだよね。

 

恐ろしいのは、それが本人の知らないところで

 

成立してしまっていること。

 

更に『京都花街…』に限っていえば、

 

最後までお金の流れが分からないままになってる。

 

これは相当に深い闇だよ。

 

ちゃんと保護者を交えて契約書を交わすとか、

 

スクール制にしちゃえばいいところをしないままにしてるのは、

 

おぼこいお人形さんのように可愛い女の子と

 

性的な要素も含めて遊びたい富裕層がいるからだよね。

 

それに尽きる。

 

それも女の子たちの芸事に憧れる気持ちを利用してなんて

 

本当にひどい話。

 

 

実際ね、芸事というか、私は日舞しかやっていないので

 

日舞に限った話になりますけど、

 

日舞そのものの「美しさ」「素晴らしさ」は

 

継承する価値のあるものだと思いますよ。

 

習って良かったと思うはずです。

 

もし「やるんじゃなかった」と言う人がいるのであれば

 

それは金銭問題とか人間関係とか、

 

周辺的なトラブルに傷ついたからではないかと。

 

身に着けた知識や所作の一つ一つは

 

無駄になっていないはず。

 


そして改めて思うのは、

 

自分で お金を払って 習う

 

ことが、「周辺的なトラブル」から

 

身を守ってくれる盾になるということ。

 

有形無形に、想像以上に担保されるものがある。

 

当然と言えば当然だけど。

 

 

なので、芸事に憧れて舞妓さんになりたいと思っている人は

 

まず近所で日舞習ってみたらいかがですか。

 

お三味線でも、唄でもいい。

 

舞妓さんはやっぱり、

 

水商売で食っていきたい

 

という人じゃないと、難しいような気がする。

 

もしくは、最初はそのつもりじゃなくても、

 

入ってみたら、その水が合っていたとかじゃないとさ^^;

 

 

水商売で食っていきたい人とは、

 

客を楽しませて人気者になることで収入を得たい人

 

を指すと思う。

 

芸事は、客を楽しませる手段の一つになるよね。

 

でも実際のところ、生き残るのは、

 

お酒とイロコイに抵抗のない人

 

だし、お酒とイロコイの要素がなければ

 

水商売とはいわない。

 

表紙に一巻、二巻という表記はないので、

 

一冊目を出したら予想以上に反響があって

 

二冊目を出したみたい。

 

一巻は昨年読んでいて、

 

先ほど二巻もあることを知って早速読みました☆

 

因みに記者会見も視聴済みです。

 

 

どちらか一冊でも十分読み応えあるけど、

 

二冊とも読まないと真の『闇』を知ったことにはならないかな。

 

絵はメチャ可愛いですけど、

 

タイトルに全然負けてない内容です^^;

 

本作を出版するのは相当な勇気が必要だったと思います。

 

でも、本当に恐ろしいと感じるのは、

 

この告発がどこまで業界の正常化につながるかは

 

まったくもって未知数だということ。

 

昨今のブラック企業なんかより、

 

もっとずっと長くて重い歴史と沈黙が底流する世界だからね…。

 

 

花街とまったく接点のない人は

 

都市伝説のように感じてしまうこともあるかもしれません。

 

でも、年頃のお嬢さんを持つ親御さんなら

 

漏れなく現実味を持って読むことのできる作品だと思います。

 

舞妓さんに限らず、

 

広く一般的に「夜の仕事」といわれるものに

 

自分の娘が関心を持ったら、

 

親としてどう向き合えばいいか。

 

それを考えるのに、これほど良い漫画はないのではないかと。

 

そういう意味では必読書ですよほんと。

 

 

私はいわゆる水商売の経験はないんですが、

 

今思うと、母が「ダメ、絶対」という方針だったのが大きいです。

 

舞妓さんがテレビで取りあげられたりすると、

 

「あんなきれいごとの世界じゃない、騙されるな!」

 

と、お夕飯がまずくなるくらいの勢いで全否定してました。

 

まあ私はもともと水商売に向いているタイプじゃないし、

 

興味を持つ前に粉砕されていたので、

 

自分とは関わりのない世界だと思うくらいには

 

母の思い通りに育ったと思います。

 

 

でも、母も水商売の経験はなかったので、

 

(ちょっと思い込みで言ってないかな…)

 

と思うこともあったりなかったり^^;

 

なので母の「水商売っていうのはね」という話を

 

全て鵜呑みにしたわけじゃなく、

 

がギャーギャーうるさいからを哀しませるなら

 

やめておこう、と思ったに過ぎません。

 

やっぱり経験がなければ、

 

限られた情報から膨らませた想像の域を出ないですからね。

 

私だって、何かのきっかけで

 

母の言っていることが本当なのか確かめてみよう、

 

なんて思って足を踏み入れていたかもしれないじゃないですか。

 

それに比べて本作は、実際に目で見て経験した方のお話ですから、

 

これほど参考になるものはないと思います。

 

 

もちろんこれが全てではないのも確かで、

 

同じ世界にいても、いろんな出会いやタイミングの妙で

 

キラキラとした思い出になって残ったり、

 

黒歴史として葬るしかなかったり、

 

それは人それぞれということは、

 

どの世界にいても想定できることだと思います。

 

そのうえで、10代というまだ親の保護が必要な時期に、

 

作中の舞妓さんたちのような闇に落ちる可能性もある、

 

と注意喚起した本作は、

 

とても貴重な情報の一つだと思います。

 

 

ステそしの振り返りイラストがたくさんポストされてて嬉しい。

 

ステそしにリメイクしたバッグ持っていけたのが嬉しくて

 

絶賛編み物したいテンションだけど、

 

どうも手の調子が悪くてお休みしてる。

 

使い過ぎなのと、年齢的なものもあるみたい。

 

更年期ど真ん中の年齢ではあって、

 

病院に行かなきゃならないような大きな変化はないんだけど、

 

ときどき起こるちょっとしたトラブルが

 

その症状なのかなと思うなど。

 

母は私くらいの年齢でかなり強い更年期症状があったけど、

 

そこは似なかったみたい^^;

 

今になってみると、若い頃の方がずっと体調崩しやすかった。

 

それも女性の場合はホルモンが影響していることがあるらしい。

 

あのときのあれはそうだったのかな、とか、

 

思い当たることがあるような気もする。

 

若かったからなんとかなった。

 

今同じような感じだったら、かなりつらかったと思う。

 

 

こないだ大学の同期と飲みに行ったら、

 

そろそろ同年代でも癌で入院する人が

 

出てくるようになった、なんて話になった。

 

もうそんな年になったかい、と。

 

高齢者に比べて進行は早いけど、

 

まだ治療する体力はある年代。

 

 

なんか老いを嘆くよりも、

 

そんな話のできる同期のいることがありがたいと思うなど。

 

てことで昨日やっと視聴できたよー( ;∀;)

 

公演時間3時間半(含休憩20分)、

 

一気に観ようとすると意外と日を選ぶ…^^;

 

配信は12日23:59までなので、

 

この週末に視聴される方も多いのではないでしょうか。

 

邂逅編もそうだったけど、スイッチング映像にしました。

 

役者さんの表情がよく見えていいよね。

 

 

しかし3時間半て、通常の舞台の2本分はあるよね。

 

一日二公演の日は4本分!

 

もうもうほんとにお疲れ様でした(T_T)

 

しかも義城編なんて原作の中でも屈指の地獄展開なのに…。

 

 

まあそのあれですよ、

 

観に行った方は冒頭からやられますよね。

 

私も座席的に忘羨が真後ろをお通りになったので、

 

台詞がしばらく頭に入ってきませんでした^^;

 

舞台はこういう憎い演出があるから、

 

劇場に足を運んで良かったといつも思う。

 

んでステそしは、生で観た興奮冷めやらぬうちに

 

配信で後追いできるのもいい。

 

 

今回は演出が素晴らしかった。

 

場面と時系列の転換が自然で

 

舞台化のメリットを最大限に生かしてたよね。

 

魔道祖師というか、中国の時代劇って

 

慣れない地名がたくさん出てくるし土地勘もないから

 

ドラマでも小説でもほんのり迷子なままでいることが多いんだけど、

 

舞台という抽象化された世界だと感覚で掴める。

 

そして登場人物の感情がダイレクトに入ってくる!

 

 

なんかねー、藍湛がだんだん、隠さなくなってきてるのいいよねー。

 

魏嬰への愛も、藍湛自身の可愛さも、隠す気ゼロ。

 

見せびらかすようになるのももうすぐだわ(コラ)

 

あとアクションと所作が美し過ぎて目を奪われっ放し。

 

髪の長さと衣裳の翻りを計算して動いていらっしゃる。

 

今回は琴の衝撃波もバシバシ出てきたよね。

 

かっこよかったー。かっこよかったよーーー( ;∀;)

 

メチャクチャ強いし長時間の戦闘でも一糸乱れぬ体力なのに

 

剣舞を見ているような優雅さまで兼ね備えて

 

原作の藍湛のまんまやないかい。

 

 

魏嬰はもう邂逅編から生き写しの呼び声も高いですが、

 

だんだん、藍湛に押されてきてていいわー。

 

落ちるのももうすぐだわ(コラ)

 

アクションでの藍湛との連携はもう夫婦のそれ。

 

義城編は少年組とのやり取りもいいですよね。

 

なんか金凌との絡みが思いのほか良かったんですが。

 

舞台の金凌て、可愛げが前面に出ててすごく好きかも。

 

んでその我儘お嬢様に遠慮なく突っ込む景儀がまた良い。

 

景儀続投だったの何気に嬉しかった。

 

江澄は残念ながら映像出演だったけど、

 

あんな風に出演することもできるのであれば、

 

 

江澄は変わらないで欲しい…

 

 

という願いは最大限尊重されるのでしょうか。

 

尊重されて欲しい。してくれ。

 

 

んで引き延ばしちゃったけど義城組ですよ…。

 

もうね、きっちり地獄を見せてくれたね。

 

薛洋をあそこまで悪く濃く演じられてしまっては

 

ぐうの音も出ないですよ。

 

暁星塵も、高潔で非の打ちどころのない仙師でありながら、

 

お人好しで危うさのあるところがよく出てた。

 

なんかね、薛洋が幼い頃に奪われた小指一本と引き換えに

 

一族郎党50人皆56しにしたのに対し、

 

暁星塵が

 

「指を一本取られたなら、

 

 相手の指を一本切り落とせばいいでしょう」

 

と無垢な一言を言ってしまうところに、

 

二人の相容れなさがよく出てるなといつも思う。

 

薛洋にとっては「そういうことじゃねえんだよ」

 

てところをサラッと断じてしまうんだよね。

 

まあ単純に考えても、

 

相手は薛洋を騙して怪我を負わせているんだから

 

指一本の他に、その分の報いも加重しなきゃあかんでしょう^^;

 

それに失ったのは小指だけだけど、

 

他の指も折られてるんだし。

 

だから薛洋の苛立ちは分からないでもないんだよね。

 

んで幼い頃に受けた理不尽が、

 

そのまま傷となって残ってしまった、

 

つまり誰にも助けてもらえなかった、

 

自分で自分を救うことができなかったところに

 

薛洋の不幸があるな、と。

 

暁星塵が最初に薛洋を捕えたとき、

 

少しでも話を聞いてやっていれば…

 

と思ってしまうのは私だけかな。

 

まあ50人も56した奴に、

 

「どうしたの? 何があったの?」

 

と問い掛けられるようになるには

 

50回くらい転生してないと無理かもしれないけど。

 

気持ちは分かるけど、それはやっちゃダメだよ、

 

てことを薛洋はやってしまうし。

 

そして薛洋の気持ちを理解することも、

 

なぜそれをやっちゃいけないのかを説くことも、

 

彼が納得するまでできる人間は

 

恐らくいないだろうということなんよな。

 

 

義城編に触れるといつも考えてしまう。

 

公演中もずっと考えてしまった。

 

つまりどっぷり世界に浸かってしまったわけで。

 

 

なんかねー、配信では、阿箐が思ったよりボロ泣きしてたのが

 

妙に心に残った。

 

あんなに泣いてるものなんだね。

 

それも期間中、何度もでしょ。

 

情緒おかしくならんかったかね。

 

私ら観るだけでもあんなに持ってかれるのに。

 

なんか、帰りの電車とか大丈夫だったかなとか

 

心配になってしまった。

 

そもそも電車で帰るのかって話なんだけど。

 

そんな余計なお世話なことまで考えてしまうほど

 

愛らしくていじらしい阿箐でした。

 

 

んで宋嵐がまた嵌ってた。

 

ビジュアルからしてピッタリだったね。

 

まー偉丈夫!

 

座席の関係で真横をお通りになったんですが

 

びっくりするくらい背の高い方でした。

 

不器用で真っ直ぐな宋嵐を体現していらしたなと。

 

あとカテコ(27日マチネ)のときの仕込みが秀逸でした。

 

義城組、舞台裏では仲良くしてて欲しいよね。

 

 

役者さんお一人お一人が、何から何まで役に負けてなくて

 

こんなにいい舞台あるのかってくらい素晴らしかったです。

 

えーもー続きあるのかなー。

 

邂逅編のときは、続きがあるのか半々の気持ちでいたけど、

 

さすがにこのスパンで二作目があってこのクオリティーだと

 

完結まで見えてきてしまったんですが…!

 

義城編は一話完結のお話として再構成すると思っていたので、

 

ここまで原作を丁寧になぞってくださるとは思わなかった。


つまりちゃんと邂逅編から続いてるし

 

遡洄編から先の物語も見えるようになってるんだよ完結までやってください!

 

できれば役者さんは全員続投で!!

 

ヤバい、おねだり癖が出てきてしまった^^;

 

叶うまで言い続けるぞぅ!!