弦楽四重奏団 LESS IS MORE  & 多田泰教氏

 (クラシックなんて、怖くない)

 

この弦楽四重奏団の存在を知ったのは、熊野の旅の途中でした。

作曲を手掛ける「多田泰教氏」と弦楽四重奏団「Less is More」のメンバーが

熊野本宮大社に「曲」を奉納する儀式があると誘われ、

拝殿ではじめて、その演奏を聞いたのです。

友人夫婦の知り合いです。

 

その日はなんと、大雨。

拝殿は常に扉が開かれていて、湿気で少し蒸していました。

弦楽器だけでなく、おおよそ楽器には、この湿気は大敵。

その中で、四人の音楽家が多田泰教氏作曲の3作品を演奏しました。

私は拝殿の中の端に座っていました。

彼等とは2メートルも離れていません。

 

「Less is  More」のメンバーは、

バイオリンが「石井智大氏」と「大光嘉理人氏」、

ビオラが「塚本遼氏」、

そしてチェロが「中西圭祐氏」。

皆、黒を基調とした衣装です。そして、皆、芸大出身。

 

東京藝術大学(芸大)というと、昔も今も、エリート中のエリートしか入れない藝術大学。

桐朋学園大学の芸術科・演劇専攻の学生だった二十歳の頃の私には、

「芸大出」というだけで近寄りがたい特別な人たちという印象が強く、

「権威の象徴」のように見え、

それだけで反発心が疼き、引いてしまっていたのを今でも覚えています。

学閥に影響されていたのですね。

 

私はクラシックを良く聴く家庭に育ちました。

もちろんラジオからです。

レコードプレーヤーなどお金持ちしか持っていなかった時代です。

ですからクラシックが嫌いではありませんでした。

専門的なことはわかりませんが、成長するとともに、

バッハやベートーベン、チャイコフスキー、ラフマニノフ、グリーク、

現代音楽ではジョン・ケージや武満徹の曲などに、感覚的に惹かれていました。

けれどこの世界に入ってからは、

クラシック好きというと敬遠されてしまうような雰囲気を感じていたので、

なるべくクラシックの話はせずにいました。

クラシックとの関りは、唯一仕事で、

NHKFMの「FMマイ・クラシック」という番組のDJをしたくらいで、

その時期も、周りの人には仕事の話はせずにいました。

そしてその後は、クラシックとは疎遠になって行きました。

 

ただ、世界的なバイオリニストの“ギドン・クレメル”やチェリストの“ヨーヨー・マ”が

アストル・ピアソラのタンゴを演奏した時や、

クロノス・カルテットが演奏したジミ・ヘンドリックスの“紫の煙”を聴いて、

「やったぁ、クラシックもこうでなくちゃね!」と嬉々としたことはありました。

 

その私が、およそ30年近く経った2019年の10月、

コンサートホールではない、大雨に見舞われた熊野本宮大社の拝殿の中で、

弦楽四重奏団の演奏に聴き入るということが起きたわけです。

 

弦の音(ネ)が聴こえた瞬間、意外!と思いました。

バイオリンの音(ネ)はこんな感じだったかしら? 

「神経質でキリキリとした平坦な響き」というのが、

私の過去の記憶にあったバイオリンの音(ネ)でした。

けれど、この二人のバイオリニスト・「石井智大氏」と「大光嘉理人氏」の音(ネ)は、

記憶とはまったく異なるものでした。

ビオラの存在はバイオリンを際立たせる脇役というイメージが強いと思います。

けれど一歩引いた立ち位置の「塚本遼氏」の音は、謙虚であるものの、

ところどころでフワッと大きく広がって聞こえます。柔らかい音。

猫を撫でている時のような感覚を、耳に伝えてくるような感じ。

そして、「中西圭祐氏」が生む、癒しを施してくれるようなチェロの音(ネ)。

 

この若い音楽家の方々が奏でる音は、繊細ではあるものの神経質ではなく、

弦と弓との摩擦音ではあるその音は、丸みを帯びた粒のようにコロコロと転がり、

その一つ一つの音の振幅が深く広い。

そして演奏のテクニック…。

素晴らしい。

嫌味でも何でもなく、

やはり「芸大」に入るだけに、優れているのだと、

素直に思える瞬間でした。

 

私は長い間、何にこだわっていたのでしょうね。

学閥を意識したり、周りの雰囲気に負ける必要などなく、

堂々と、“芸大はやっぱりすごい”

“私はクラシック好き”、“クラシック的音楽が好き”、で良かったのに…。

 

10月19日に行われた、熊野本宮大社の拝殿での演奏・・・。

「多田泰教氏」作曲の3曲。

1曲目。

まるでアストル・ピアソラのタンゴとスペインのフラメンコが絡み合ったような

「情念」を感じさせる曲。

大河ドラマにピッタリの「緩やかな壮大さ」がありました。

決してオーケストラで演奏してはいけない、この弦楽四重奏団で演奏してもらいたい、

と思わせる曲です。

 

2曲目は、1曲目と同様に短調の曲でしたが、

リズムの取り方がとても難しいのに、そのリズムを刻むチェロの音が揺るぎなく弾んでいる。

「中西圭祐氏」のチェロのリズムの取り方が半端じゃない。

凄いリズム感を持っていらっしゃる。

もちろんご当人はプロですから、

それがごく普通、と思っていらっしゃるのかもしれませんが、

私には「見事!」としか思えません。

そして思いもかけない、というか、

まったく予期できない“和音”が、ところどころに、

それもハッと我に返るような間隔で入ってくる。

(私は素人で、しかも古い人なので“和音”と言いますが、

今は皆、「コード」というのかしら?)

 

音の組み合わせ(和音)は以前にも耳にしたことのある組み合わせなのですが、

チェロとビオラ、二台のバイオリンのそれぞれの音質が持つ

一番幅の広い音を見事に組み合わせたような、ドキッとする音なのです。

嬉しくて笑い出したくなるような“和音”。

ありふれた日常の中に突然、最高のサプライズがあった時のような、

あの驚きと嬉しさから生まれる「笑い」と同じです。

途中、「石井智大氏」のバイオリンのアドリブが入って来ます。

まさしくジャズ。

ジャズっています。

クラシックの方がジャズ? 

それも、スタンダードではなく、「モダンジャズ」のようなアドリブ…。

あれがトランペットなら、若いころのマイルス・デイビスかしら…、

などとふと思いました。

そのアドリブを「大光嘉理人氏」のバイオリンが、

まるで可愛い弟を見ている兄のように、支えている。

 

そして3曲目。

これが先の2曲とは全く雰囲気が異なる曲です。

ロマンティックです。

ウォーターフロントの公演のベンチに恋人同士が座り、

風に乗って飛ぶカモメの姿を眺め、柔らかい海風を頬に受けながら、

何も語らず、ただ結ばれた手と手の感触で、

お互いの思いをしっかりと確かめ合っている…、

そんな映像が浮かんできそうな曲。

自然と微笑んでしまうような曲でした。

 

多田泰教氏の曲は、とても映像的です。

しかも、そこには、哀愁が漂い、情念が立ち上り、

喜びと悲しみの境に身を置いているような雰囲気がありました。

あの音の連なりは、どのように生まれてくるのでしょう。不思議です。

その多田氏の曲を、若い音楽家たちはどのような感覚で、

何をイメージして、

奏でていたのでしょう。

興味津々!

伺ってみたい!

 

「Less is  More」の四人にとっては、

熊野本宮大社の湿度が一番の心配だったのかもしれませんが、

この若手の弦楽四重奏団が奏でる“音”は、

あの瞬間、私の中にあった既成概念を、嬉しいほど壊してくれました。

 

熊野から帰ってきて少し経ち、

知人のご夫婦から、「Less is  More」のコンサートのお誘いが来ました。

「行く~~!」

即答でした。

そして、12月7日、紀尾井町サロンホールで、

多田泰教氏の作品を再び、

「Less is  More」の演奏で堪能させていただくことになりました。

 

次回はサロンホールの演奏を聴いて、気づいたことを書こうかな…。

 

「Less is  More」の公式ページは

 https://lessismore4.com/

四人とも、とても感じの良い青年です。

こういう若者、私、好きだな!

多田さんは、ミドルエイジのおじさん。

でも私から見れば、“弟”になるかしら…。

 

<今日のお仕事は>

生まれて初めてコインランドリーに行き、

ホットカーペットのカバーを洗いました。

それまではバスタブで、大昔のワイン造りのように

足で踏み締めて洗っていたのですが、ちょっと大変…。

重労働なのです。

暮れの大掃除で一番の重労働は、

このホットカーペットカバーの洗濯でした。

で、近くに新しくできたコインランドリーに行き、

オロオロ、キョロキョロしながら操作して、どうにか綺麗になりました。

出来上がるまで長椅子に座りながら、読書。

ゆったりとした一日でした。