<松原タニシさんをイメージして> 

 

さて、松原タニシさんには、私がタニシさんをイメージして作品を書く、

ということは内緒にしていました。

朗読をお願いしたい、とだけ。

タニシさんはどのように読むのだろう?

興味深々でした。

以下、タニシさんに朗読をしていただいた作品です。

 

 

<松原タニシさんのイメージ>          by 只野 瑪山

 

夜の街灯の白い光に照らされて、アスファルトの上に、影法師が滲んでいた。

僕の影法師だ。

僕は時々眠れなくなると、夜の街を徘徊する癖がある。

人が寝静まり、シーンという音しか耳に届かない真夜中の街は、

夜回りの警察官に職務質問されない限り、歩くところ行くところ、すべてが僕だけの世界になる。

寂しいような、それでいて解放感に満たされた不思議な感覚を覚える夜の街が、僕はたまらなく好きだ。

 

すべてがモノトーン。

街は、限りなく灰色に近い白と、灰色、そして黒の濃淡で染められている。

陰影のあるモノクロ写真を見ているようで、心の琴線に触れる何かがそこから漂い出て来るような気がする。

色のない世界は、僕の感性を刺激する。

 

都会には漆黒の暗闇は存在しない。

至る所に設置されている防犯カメラよりも多くの街灯が、夜道を照らしているからだ。

その街灯が僕の頭を照らしているのを感じながら、次の区画にある街灯まで歩いていく間の道なりは、

夜中と言ってもそんなに暗くはない。

北東向きのあまり陽の光が入らない小さなマンションの、明かりを消しながら入っている時のバスルームのように、色彩が感じ取れないくらいの薄暗さだ。

 

その街灯と街灯の間の暗がりでは、僕の影法師はアスファルトの中に隠れてしまう。

シャイなのか、暗がりが苦手なのかは分からない。

けれど、次の街灯が近づくと、靄のように、フワーッと表ににじみ出てくる。

影法師は、僕の歩く速度に従って、出て来たり隠れたりと忙しい。

影法師がそのシルエットを現す時、僕は一瞬期待する。

奴が、僕に話しかけてくれることを…。

 

影法師には、目と鼻と口がない。

実際に目と鼻と口があるそんな影法師がいたら、ギョッとして凍り付いてしまうだろうが、

一度で良いから、目と鼻と口のある影法師と話をしてみたいと思う。

僕の悩みや笑い話を聞いて一緒になって反応してくれる奴だと、

真夜中の徘徊もフットワークが軽くなるだろうし、

もしかしたら“啓示”のようなものを与えてくれるかもしれない。

そんなことを期待する。

 

僕は人間だから、目と鼻と口があり、身体も三次元の中に存在する生き物だ。

影法師は二次元の中に存在する。

僕には理解できない二次元の世界の価値観を、影法師は、僕に教えてくれるかもしれないのだ。

その価値観の中には、きっと、僕らの世界では誰も気づかなかった驚くべきことが沢山あるような、

そんな気がしてならない。

 

世の中にはあまりにも多くの考え方があり、数えきれないほどの情報が飛び交っている。

その中で自分に必要なものは何なのかを判断するのはとても難しい。

あれにもこれにも一理も二理もあるなぁと思ってしまうと、行く先を決められなくなってしまう。

目の前に伸びているいくつもの道の入り口で、僕は長い間、どの道を選んだら良いか分からずに、

指をくわえて途方に暮れていたりするのだ。

 

けれど、影法師のいる二次元の世界は、一次元分少ないのだから、

価値観も、情報もある程度少なくなっている。

途方に暮れることなく、じっくりと考えて、行く道を選択できるのではないかと思ってしまう。

夜の徘徊で出て来たり隠れたりする僕の分身である影法師は、

三次元で戸惑う僕を見て、きっと、笑っているに違いない。

「そんなに考えることなどないんだよ。行く先はもう決まってるだろ?

ほかの道が目の前にあるから目移りしているだけで、君はもう、行く道を決めている。

考えることなど必要ないんだ、

君の足が自然に動く方に歩いて行けば、それでいいんだよ」

 

今夜もまた、僕は夜の街を徘徊している。

寂しいような、それでいて解放感に満たされた不思議な感覚を味わいながら、

僕の後を付いてきたり、先を行ったり、

時に、僕の横に寄り添ってくれたりする影法師と、僕たちだけのモノトーンの世界を歩いている。

 

影法師は相変わらず、目と鼻と口がない。

黒いシルエットだけの姿で、僕について来てくれる。

影法師は、決して僕から離れない。僕から逃げようともしない。

まるで無二の親友のように僕と一緒に歩いてくれる。

 

僕は、その親友に尋ねてみた。

僕と一緒に、僕の人生を生きてくれるかなぁ…。

 

影法師は答えなかった。

けれど、奴の言葉は僕の耳に届いていた。

 

「それは、愚問だよ。僕は君から決して離れない。死ぬまで一緒だよ。寂しくないだろ」

 

僕は、

目の前のモノトーンの世界が、

うっすらと美しい色彩に染められていくような気がして、

小さく微笑んだ。

 

お粗末でした・・・。🙇

 

作品を書き、担当の方を介して松原タニシさんにお送りした後、LisPonの担当の方からメールが来ました。

タニシさんの言葉が添えられていました。

「もしかして、僕をイメージして書いてくださったのではないかと…」

 

とてもうれしい感想を頂きました。

 

少しは松原タニシさんに近づくことができたかな?

役作りは、日々のこういう出会いからインスピレーションをいただいて、内的作業を繰り返し、身に着けていくものだと思っています。

人間を知るのはとても難しい。己を知ることも、また、それ以上に難しいものです。

けれど、私がそれを止めないのは、

きっと、「人間」に惹かれているからでしょう。

もっと知りたい、もっと考えたい、もっと感じ取りたい…。

人生80年と想定しても、その80年間でどれだけの事を知り得るか・・・。

 

ゲーテじゃないけれど

「もっと光を、もっと光を」

と思いながら、私は「人間」と係わっていくのだと、

そう思う今日この頃です。