2012年1月に父が亡くなり、

その前後から「老人性うつ病」になっていた母を、

私はどうにかそこから救い出したいと思っていました。

仕事のない日はなるべく

銀座や築地、渋谷や新宿などに母を連れて行くようになっていました。

 

母は、子供のころから時々父母に連れられて銀座や築地に行き、

また、父と結婚して子供たちが大きくなってからは、

新宿や渋谷にウィンドウショッピングに行くのを楽しんでいたのです。

 

腰の悪い母の体を支えながらあちこち回るのは、母も疲れたと思いますが、

私も体力的に疲れるものでした。

けれど、「老人性うつ病」から認知症になってしまう場合も多いと専門家から伺っていたので、

それを避けたいという思いの方が強く、

心を閉ざしがちな母に、

外に目を向けて楽しむことをたくさんしてもらおうと思っていました。

 

母方の祖父母は、20人以上のお弟子さんを抱えて着物の仕立て屋をしていました。

第二次大戦時も、仕事が途絶えることがなく、どうにかお弟子さんたちの面倒を見ることができていました。

優れた腕を持つ職人夫婦でした。

 

いつも仕事に追われている弟子たちのために、母方の祖父母は、

機会があればお弟子さんたち全員を連れて歌舞伎やお芝居を見に行ったり、

目黒の美味しいとんかつ屋さんに行ったり、

銀座に映画を見に行ったりと、労いの時間を作っていたそうです。

そして、お弟子さんたちと一緒に、

必ず母も連れていかれ、楽しんでいたそうです。

 

父と結婚してからは、子育て等などで時間の余裕がなくなり、

観劇やグルメはほとんどできなかったようですが、

環境が変わっても母は、父と一緒にいることを最高の幸せ、としていました。

 

父の死後、

精神的に落ち込んでいる母が、子供のころの楽しかった思い出を想起し少しでも明るい気持ちになればと、

どこに連れて行こうかと考えていた矢先、

劇作家・秋之桜子さん(女優・山像かおりさん)から公演のお知らせを戴きました。

秋之桜子さんが主催者の一人である「西瓜糖」という劇団の公演です。

 

大正から昭和の時代、第二次大戦を経た時代に、

秋之桜子さんはとても魅せられるとおっしゃっていたことを思い出し、

昭和3年生まれの母の生い立ちなどを考えて、チケットをお願いしました。

最初は、下北沢の駅前劇場での公演でした。

下北沢は演劇のメッカと言われています。

 

それから7年。

母は亡くなってしまいましたが、私の「秋之桜子作品」観劇は、続いています。

秋之さんは女優さんでもあるので「山像かおりさん」のお芝居を見に行くことが、

あの時からの私の楽しみの一つになっています。

 

8月24日の土曜日。

秋之桜子さん書下ろしで、

流山児事務所公演の「赤玉★GANGAN ~芥川なんぞ、怖くない~」を、

下北沢のサ・スズナリに観に行きました。生前、母も一度行っている劇場です。

 

サ・スズナリは、急な階段を二階に上がっていくのですが、

昨日、私自身急な階段を一段一段上りながら、

何年も前に、

母が初めてその階段を気合いを入れて上る姿や、

山像かおりさんが母の背中を支えて降ろしてくださった時の映像が、

私の脳裏に蘇ってきました。5~6年前になると思います。

 

山像かおりさんはその折、急な階段を上り下りさせてしまってごめんなさいとおっしゃっていましたが、

バリアフリーであるところとそうでないところがある方が、お年寄りの足腰の力を削がなくて済むので、

時々はちょっと負荷をかけた方が良いと理学療法士の方が言っていたこと伝え、

気になさらないようにと付け加えたのを覚えています。

 

その時のことを思い出し、

込み上げてくるものがありました。

 

あの時母は、真剣な表情を浮かべ、

「私はまだ、きちんと上り下りができる。自分で自分をしっかりとさせることができる!」

という強い意志を見せていたように思えます。

 

年をとると、出来ていたものがどんどん出来なくなっていく。

そのことが、自信を失わせてしまう。

まだ自分は大丈夫と思うことが自信につながり、シャキッとしてくる。

それが大切なこと…。

 

一番頼りにしていた父が亡くなったことで、支えを失い、

どうしてよいかわからず途方に暮れ、何をするにしても、

まだ出来るのに出来ないと思い込んでしまっていた母を、

私はその思い違いの沼から脱出させたかったのですが、

急な階段の上り下りは、どうやら自信を取り戻す一つのきっかけになったようです。

家に戻ってから母は、秋之桜子さんのお芝居の感想を、滔々と語っていました。

 

あの時の母の姿。

それは、私がこの世からいなくなると同時に、私とともに消えていきます。

母の映像は、私の頭の中だけにある“幻影”、“イリュージョン”でしかありません。

けれど、私が生きている限り、

また、ザ・スズナリという劇場に観劇に行く折には、

私はあの階段を上り下りしながら、

過ぎてしまった時を超えて、母の姿をそこに見続けるのではないかと・・・。

 

そんなことを考えていました。

母が亡くなってから2年と6か月。

 

と、急に気が付きました。

観劇は昨日。

今日は25日。

生前の母の姿をブログにしているこの日は、母の月命日。

 

母については後々書こうと思っていましたが、

キーボードに向かい始めた途端に、母のことが浮かんだのです。

不思議…。

 

何か、あるのかもしれませんね。

 

父も母も、すでにあの世の人になっていますが、

時が経てば経つほど、生きていた時よりももっともっと身近に感じてくるのはなぜでしょう。

この部屋で、いつも一緒にいるような感覚が日増しに強くなっていきます。

たぶん、父母は、私のそばにいてくれているのかもしれない…。。

ありがとう。

 

秋之桜子さんのお芝居「赤玉★GANGAN  ~芥川なんぞ、怖くない~」は、

ザ・スズナリで27日のマチネが最終公演日になります。

物悲しくて面白く、面白くて物悲しい。

そこには、生きている人間が確実に存在し、それぞれが重い過去を背負っているのにも関わらず、

それに押しつぶされてはいない“希望”というものを持ち続けている、そんなパワーを感じました。

 

見終わった時の私の感想です。

 

すべての人の心に、

癒しと安らぎを・・・。