「人はどちらにもなる 人はどちらにもなれる」 | 手帳を使って人生をデザインする★番場よしこ【東京・八王子】

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人生は人体実験
体感から言葉が生まれる
ばんばんよしこ、です。


はーっ
久しぶりに絵本で大泣きしましたえーん

「羅生門」を題材にした話は
平安末期の今昔物語集にもありますが

現代では芥川龍之介の「羅生門」が
有名ですね。
この、日野多香子さんの「羅生門」は
芥川龍之介の「羅生門」とはストーリーが
違います。
(盗みをしないと生きるか死ぬかって
ところは変わらないかな)

ま、それはいいとして…

私たちは子どもの頃
ものの善悪を教わりますね。
でも、その
ものの善悪の「ものさし」って
絶対なのでしょうか。

この本に出てくる
主人公の少年のように

身寄りは誰もいない
助けてくれたのは盗賊の頭領だけ
今、盗みをしなければ
食べるものもなく頼る人もいなく
死んでしまう

という状況になっても

「盗みはいけない」

と言い切れるのか、ということ。

そして

少年はあるきっかけで
人の温かさに触れ
生きる希望を見いだした、ということ。

そう。
最初から「オニ」はいない
「人はどちらにもなる
人はどちらにもなれる」という本です。




最近は
インターネットやSNSの発展もあり
有名人ではなくとも
一個人が全世界に向けて
自分の主張を発信できる時代になりました。

そこで
自分が身につけた価値観を握りしめて
「こうすべき」
「これは絶対にダメ」
と断罪し
集団でマウントする現象を
ネットで見かけることも少なくありません。

ネットで気軽に交流が出来る反面
この手のトラブルに巻き込まれることも
無いとは言いきれません。

私、個人的な意見ですが

「絶対にこうしなければならない」も
「絶対にこうしてはいけない」も

ほとんどないんじゃないかなあ。
(法律的な事は、守るのは前提としてちょっと置いておく)

それをね
「こうあるべき」
「これは絶対にダメ」という思い込みで
自分で自分をがんじがらめにしてると

それこそ
この「羅生門」の少年のように
追いつめられちゃう。

生きるか死ぬか、ほどシビアでもなく
むしろ
物質としてのモノは豊か過ぎるくらいなのに
自分で自分の視界を
閉ざしてしまっていれば

その人にとってはモノだって人間関係だって
存在してないのと同じ。

可能性や選択肢を極限まで狭くした状態で
やっと選択した行動に対して

全く違う環境の人が
「自分の」価値観をふりかざす

リアルな人間関係だけではなく
ネットという世界で
見ず知らずの人にも断罪される

そんな時代になったのか、と
ふと思ってのです。

そんな世の中を生き抜く必要がある
子どもたちに
この本を読み聞かせしてみて

(何であるかはさておき)
何か感じてもらえるかな

そう思いましたニコニコ


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