今日はこの映画を。
仕事終わって、今日は超ダッシュ また梅田スカイビルへ。
アメリカの詩人、エミリ・ディキンスンの伝記物。アメリカ人だけど、イギリス&ベルギー映画
エミリ役は、『セックスアンドザシティ』の4人の女性のうちの1人、ミランダ役のシンシア・ニクソン。素敵だったぁ
実際ディキンスン一家が暮らした屋敷でも撮影が行われたり、景色が素晴らしい綺麗で、当時の女性の服装も素敵で
前回の映画に続き、3人の女性それぞれが持つ日傘も素敵で、欲しいなぁと
通った大学では、英米文学を勉強するとこにいて、エミリ・ディキンスンのことも学び。
なーんて じぇんじぇん真面目に勉強しなかったのよねぇ
でも、まだ本持ってるよ
右端のは原文(英語)ので、講義で使っていた本だから、あちこち書き込み有り。
左の3冊は、訳詩版。
私は一生を終えるまでに すでに二度終えた
だが 私にはまだ残っている
不死が第三の出来事のベールを
取り去るのを見ることがー
前に二度起ったのと同じに
それはあまりにも大きな あまりにも絶望的な出来事
別離こそ私たちが天国について知るすべて
地獄に必要なすべて
もし愛がすぐそこにあるのなら
一時間を待つのも長い
もし愛が最後に報いられるのなら
永遠に待つのも短い
訳詩集の目次に、この詩だけ印をつけている。
理由はもうすっかり記憶無し
でも、講義で習った詩のようで、これの英語版にはたくさん書き込んでいる。鉛筆の文字は随分薄くなっているけど。
手にしっかりと宝石を持って
眠りにつきました
暖かな一日で風もねむたげ
〝きっと大丈夫〟そう思ったのでした
目醒めて馬鹿正直な指を叱りました
宝石はどこかへいってしまったのです
わたしの持っているものといえば
いまでは紫水晶の記憶だけー
紫水晶…アメジスト。
書き込みによると、この詩でのアメジストは、
淡い悲しみを秘めた、楽しくもある愛の象徴。
形の無いものを、形のあるアメジストで例えている。
思い出を紫水晶に例えている。
だって
この頃アメジストに夢中だったのは、ディキンスンの詩に憧れて、だったのだと、久しぶりに思い出したよ