ここにもチラッと写ってて「ん?」って気がついた人が居たかも?しれませんが、
おてつさんには障害があります
身体障害です。3歳の時に野焼きの火が燃え移り全身火傷を負ったのが原因です![]()
義両親曰く「葬式の準備を始める程だった」という絶望的な状況の中で、一命を取り留めたおてつさん
手指は欠損(右手は全部、左手は小指と薬指の先)全身に(顔にも)火傷痕が残りました![]()
小学生の頃には毎年夏休みに長期入院して皮膚移植を繰り返していたそうです。なので、パッチワークみたいな背中![]()
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煩わしいけど可哀想ではない
おてつさんは「煩わしい」とは思うけど「可哀想」って言うのは違うんょね〜
と言います。
たしかに、正直煩わしい事は多く、大変な事もあります
でも日常の事ですし、ハムさんも普段「障害があるから〜」とかあまり気にしてないです。
細菌感染で熱がある時なんかは、やはり「傷が無ければ」とは思ってしまいますが![]()
具体的に何が煩わしいのか?
激しい痒み、ひきつれによる可動域の制限、皮膚の乾燥、出来やすく治りにくい褥瘡、年に一回のペースで入院沙汰になる細菌感染
(蜂窩織炎など)
定期的に皮膚科に通いながら、このような症状とは一生付き合っていくしかありません
(保湿クリームと絆創膏、ガーゼが爆速で消費されます
)
今1番困ってる事は
ゲームの時にLRボタンに手が届かない事🎮
指が足りなくてキーマウでゲームできない事
らしいです![]()
おてつさんは
絶望的に不器用で(指無いからね
)
身体が硬くて(皮膚伸びないからね
)
乾燥肌の敏感肌(全身火傷痕だからね
)
暑さに弱い(汗腺働かないからね
)
傷が出来た時治りにくい人。
要するに手間のかかる体質なんですねー![]()
煩わしい事ばかりではない日常
もちろん、煩わしい事ばっかりでは無いですよ![]()
ゲームで鍛えたタイピングはめっちゃ早いし、片手でキャッチボールするの上手いし、内臓強いし(皮膚以外のことで体調崩さない)、スポーツやゲームの事を子供達にも分かりやすく教えてくれるし、どこのオジサンにも気に入られるし、どこの犬にも好かれます
(最後の2つは謎
)
メッチャおおらかだし『火傷のプロ』『歴戦の個体』っとか言って、普通に自分をネタにして家族を笑かしてきます
家族も意識してなさすぎて、「この手じゃ出来んのだけども![]()
」といわれて初めて「あぁ~そっか、確かに
」ってなる時があります
スマソ
得意不得意、体質は障害の有無に関わらず誰にでもあることですよね![]()
自分で自分を差別してしまった知人
ハムさんの知人で大人になって障害を負った人が居ました。
とても明るく仕事もバリバリ(大企業勤め)で可愛い奥さんと子供も生まれたばかり、これからという時期に脳卒中で倒れ、身体に麻痺が残ってしまいました![]()
障害を負った後の彼と話した時、感じたのは、障害を負った自分に対する
「差別的考えや偏見」
「こんな障害を負った身体では生きていても人の迷惑にしかならない」「障害のある自分では奥さんや子供が可哀想だから別れる」など。
以前、話した時には気付きませんでしたが、もしかしたら彼が”健常者”だった頃、そのような考え、そのような目で”障害者”を見ていたのかもしれないと思いました![]()
そして、周りに特別扱いされる屈辱と自分を特別扱いして欲しいというジレンマの中で、自分で自分を差別し傷つけてしまっている様にも見えました![]()
その時は「障害はあなたの一部でしか無い」と伝えましたが、受け入れるにはまだ時間がかかる状態のようでした![]()
出来ないことを数えるより出来ることを数える、なんて言葉がありますが、実際そうする為には
自分の中の偏見や差別を無くす事が一番大切で一番難しい
のかもしれません![]()
過度な特別扱い=差別じゃない?
某TV局の『お涙頂戴』番組が嫌いなワケ
あの某番組には、なんと言うか違和感があります。
なんか気持ち悪いと言うか、ものすごく差別的![]()
「こんなに重い障害があるのに頑張ってて可哀想でしょ?」みたいな演出が嫌い![]()
あの番組は少なからず世間に
「障害」=「克服するべき困難」
「障害者」=「同情されるべき存在」
みたいなイメージを刷り込んでいる気がします。
過度な特別扱い=差別だと思う
確かに配慮が必要な場面もあるけど、それはその人の不得意な一部であって、すべてでは無い。
自分だって不得意な事を周りにフォローしてもらう事くらいあるし、もし自分が障害を負った時に「障害者だから」っと謎に線引きされたら悲しいと思いません![]()
実はハムさんも
何を隠そうハムさんも若い頃は「障害者」=「可哀想」あと「チョット怖いな」って思ってました。
だって、身近に障害のある人は居なかったし「よく分からない」=「怖い」って言うのがあったんだと思います。
障害のある人と出会っても、障害の事ばかり気になって、なんて声をかければ良いのか分からず
もっと普通に会話してたら、もっと仲良くなれたんじゃないかな?と後悔しています![]()
障害のある人は健常者がうらやましく健常者になりたいだろうと勝手に思ってました。
今考えると
とんでもなく失礼ですょね![]()
でも、介護の仕事に携わったり、おてつさんと出会ったりして考えが変わっていきました。
相手のことを知ること、知りたいと思うことがお互いを理解する最初の一歩なのかもしれません。
必要なのは特別扱いより普通の気遣い
健常者で恵まれている自分。障害者で介助が必要な可哀想なあなた。っとカテゴライズせずに、1人1人の得意なこと不得意なことをお互い知る事で、
一緒に心地よく過ごす工夫
一緒に楽しむ工夫
が出来れば良いんじゃ無いかな
と思います。
困ってそうな人が居たら気にかけるし「何か手伝いましょうか?」と声をかける。「大丈夫です」と相手が望んでいなければ「分かりました」っとそれ以上は深追いしない。障害の有無に関わらす、お互いを思い合う。普通で良いと思うんです。
それが私たち夫婦の考える
バリアフリーです![]()
さいごに
様々な状況や個性もあるので、押しつけるつもりはありませんが、これを読んで「普通って何だろう?」って少しだけ考えてもらえたら、少しでも誰かの参考になったら嬉しいです![]()
最後まで読んでいただいてありがとうございました![]()
