《人生わくわく倶楽部》


『温故知新でわくわく楽しい人生を!』vol.5


【利他の心は愛!愛は日常】


この前見た「俺たちの旅」のワンシーンに主人公カースケが地元に帰り、妹のみゆきと同じ部屋に寝るシーンがあった。


真ん中にスタンドを置いて、両端に布団を敷いて寝ているシーンであった。


カースケがそのスタンドの妹の側、片方に小さなタオルを被せた。


初め何をしてるのかなと僕は思った。


直ぐに同じ部屋でスタンドを点けていたら、眩しくて妹のみゆきは寝れないだろうと言うカースケの配慮と思いやりだと僕は気づいた。


何て細かな演出なのだろう。


そのワンシーンだけで、兄妹の仲の良さ、絆が見てとれた。


これが「利他の心」であり、日本人の持ち得るおもてなしの心なのだろうと思う。


自らの気持ちで相手に喜んでもらえたらと、それが自分自身の喜びとなる。


つまり、want to の気持ちであり、have toのしなければならないとは全く別の次元の話しである。


自発的にしたい気持ちと自分が率先して思い、行動する訳ではない「しなければならない』とは同じ行動であったとしても、全く意味が違って来る。


かつての封建主義の時代のこうあるべきだと言う文化や風俗、しきたりで自分の思いとは別に仕方なくしていた滅私奉公と利他の心とは同じではない。


また、今は個人の時代だと言って自由と利己的なのとも違う。


自分主体で自分が楽しければ良い。自分が基準で他の人のことはどうでも良い。


こう言う人は、「利他の心」と真逆の人であり、自分本位である。


こう言う人は、自分の利益になるかどうかが基準である。


相手がどう思うかなど想像も出来ない。


思いやりが欠如している。


「利他の心」の根底には人間としての愛がある。


「俺たちの旅」が今なお、観ている人の心に響くのは、人間の本質的に持っている愛があるからだろう。


本質は普遍であり、不変である。


だから、時代に関係なく、人々の心に響くのだろう。


愛。


地球への愛。


人類への愛。


宇宙への愛。


愛にも色々な形がある。


愛は、身近であり、俯瞰的で大きく広くもある。


古いもの中にある本質。


そこに気付きがあり、学びがある。


だから、【温故知新】は、わくわく楽しい。



#ご相談、コンサルティング、セッション、セミナー、研修講師、企画、イベント等のご依頼は随時お受け致しております。


是非、ご一緒にわくわく楽しく生きていきましょう!


吉田隆行連絡先

yoshida@yoshida-consul.com



《人生わくわく倶楽部》


【温故知新でわくわく楽しい人生!】vol.4


【人の本質は、時代を超える】〜アナログの良さ〜


僕は、毎日「俺たちの旅」をTVerで一話ずつ見る事を日課にしている。


第一話から気になっていたのが、田中健さん演じる「オメダ」が「ゆうひが丘の総理大臣」に出て来る神田正輝さん演じる大野木念にキャラクターが似ているなと言うことだ。


オメダがグズ六の事を先輩と呼ぶ感じや少し頼らない雰囲気が木念に何となく似ているなとずっと僕は見ていて感じている。


主人公の一人中村雅俊さん演じるカースケのキャラクターも「ゆうひが丘の総理大臣」で同じく中村雅俊さん演じるソーリこと大岩雄次郎にも似ているので同じユニオン映画制作と言うこともあり、テイストが似ているのだろうと僕は推察する。


そして、僕はこのテイストが好きで、この二つのドラマを大いに気に入っている。


この二つのドラマに共通しているのが、自分のことは顧みず、友達や他の人のために一生懸命になっているところだ。


大きく言えば、それは人間愛であり、「利他の心」だと言える。


だからこそ、この二つのドラマは今なお好きな人達が多く、人々の心に響くのだろうと思う。


昭和時代の古き良き面影だと言える。


アナログだけど、そこには人々の優しさや思いやり、人との繋がりがあった。


これらの状態を僕達は懐かしみ、そして元気をもらえる。


「人って良いな。」と微笑ましく、穏やかな優しい気持ちになれる。


それは、人間の本質であり、時代に関わらず、僕達を魅了する。


今、僕は人のために何が出来るだろうと自分自身を振り返っている。


「ありがとう」と素直に感謝を述べる。


そんな人と人との優しい交流が、心地良い。


☆ご相談やコンサルティング、セミナー、研修講師、イベントコラボ、執筆等々お気軽にご依頼下さい。


一緒に【温故知新】で新しい世界を広げていきましょう!



《人生わくわく倶楽部》

【温故知新でわくわく楽しい生き方】vol.3

『融合する』

僕は、ダイエットをして-36kg減量した。

ダイエットする前のMAXは111kgにもなっていた。

そして、ダイエットを始めて1年間で-30kg減量し、75kgまで体重を落とした。

今は、77kgが調子良いので、77kgでキープしている。

かれこれ77kgも4年間くらいキープして続いている。

僕はダイエットをし、体重が減り、体型も変わったので、それまで着ていた洋服が合わなくなり、新しく買い替えた。

新しい洋服のアイテムが段々と増えていき、ワードローブの中も様変わりした。

しかし、学生時代やまだ体型がスリムだった時に着ていたお気に入りの洋服は、取っていた。

最近、断捨離をしょうと思い、色々な物を整理していた。

その中で、僕はずっと取って置いた洋服もクローゼットから久しぶりに取り出してみた。

クリーニングに出した袋のまま保管していたので、洋服は綺麗なままでいた。

ちょっと着てみょうかなと僕は思い、かなり久しぶりに着てみた。


すると、何と長年着れなかった洋服が着れたのだ。


僕は、「やった。着れた。』と嬉しくなり、声に出して小さくガッツポーズをした。


着た瞬間に懐かしい感覚が蘇り、久しぶりに着た、わくわくした楽しさがあった。


また、着ていた当時のことや友人達のこともフラッシュバックする様に一気に思い出した。



「よし。今度はこれを着てみょう」と僕は思った。



ダイエットして学生時代よりもスリムになったので、当時着ていた洋服も着れる様になった喜びがあり、また気に入っていたので、いつか着れるかもしれないと残して置いて良かったと思った。

今は、古着の洋服を扱う店舗も増え、古着ブームでもある。

僕が学生時代に買った洋服も、今は古着では値打ちがあるものもある。



学生時代、僕はファッションが好きで舶来物を買い揃えていた。

それが、今はオリジナルとして値打ちがあるみたいだ。

学生時代や20代の時に買った洋服と今の時代に買った洋服を合わせる。

買った時代がそれぞれ違うので、その当時では組み合わせれないアイテム達だ。

例えば、学生時代に買ったブレザーに今のリーバイスを合わせて、adidasのシューズを履く。

あるいは、当時のアウターに今のトップス、ボトムを合わせる。

反対に今のジャケットに当時のパンツやインナーを合わせてみる。

今まで出来なかった組み合わせが、色々と出来る様になったので、今度はこれとこれを合わせてみようと考えただけでわくわくしてくる。



僕の本業は、経営コンサルタントでビジネスモデルについて考えることもする。



その中で、シュンペーターの起業論を僕はよく使う。

例えば、Aと言う商品にBと言う商品を組み合わせて新しいCと言う商品を作る。

または、Aと言う人とBと言う人とのコラボで新しいイベントやセミナーをする。

JV(ジョイントベンチャー)もこの発想だ。

または、自分の業界以外の別の業界の慣習や技術を自社に取り入れ、新しいサービスを開発、提供する。

等々、既存の物を組み合わせて新しい物をいくつでも作れる。


あるいは既存のものと新しいものとの組み合わせもOKだ。



こうして書いている間にもアイデアが浮かび、僕はわくわくしている。



こうであらねばならないと枠にハマらず、柔軟に枠を広げて行くと新しい世界が広がる。

僕達は、『制限された枠の中』でしか生きていない。

世界は、広い。

まだまだ既知のものでも知らないものは多い。

その制限された枠を広げて行くことでわくわく楽しい生き方が待っていると僕は思う。

温故知新の生き方。

そこに新しいヒントがある。

相談、コンサルティング、セミナー、研修、執筆、イベントのコラボ等々、気になることがあれば、ご依頼下さい。


是非、一緒に新しい世界を見ていきましょう!

《人生わくわく倶楽部》

【古きものから新しきをを知る】vol.2

1975年10月に放映されたドラマ『俺たちの旅』を僕は、今、毎日観ている。

リアルタイムでこのドラマが放映された時は、僕はまだ子供で、このドラマを観ていなかった。

今改めて観ると、当時の服装や街並み、車、文化等々がその当時のままで見て取れる。

それは、このドラマに限ったことではない。

古いドラマを観ると、それが撮影されてた当時の装いが現されている。

また、当時リアルに観ていても、その時は、それが当たり前であり、最先端の流行であったりするから、僕達はそれをそのまま自然と受け入れている。

『俺たちの旅』を観ていて、まず初めて知ったのが主人公の一人である秋野太作さんが、当時「津坂まさあき」と言う本名で出演していたことだ。

秋野太作さんは、ずっと秋野太作さんだと僕は思っていたので、「あれっ、クレジットの名前が違う」と違和感を覚えた。

次に、同じ秋野太作さんの髪が茶髪に見えることも気になった。

当時、女性の茶髪が流行っていたのは知っているが、男性も茶髪をしていたのだろうかと気になった。


今は、男性の茶髪は日常的なので今の視点で見るとそのままスルーしてしまいそうだが、当時は男性で茶髪に染めていたのは珍しいと思う。



それとも、元々の秋野太作さんの髪の毛の色が茶色っぽかったのが、その真意を僕は知らない。

また、シャツの襟が今と比べて大きかったり、ネクタイの幅が広かったりと当時の流行のファッションもドラマから分かる。

当時、走っていた車の形や種類、赤電話、電車、建物、看板、お店、鞄等々も当然と今は違う。


電話をするのも公衆電話から掛けている。

手紙も手書きである。

そして、明らかに今と違うのが、至る所で煙草を吸っていることだ。

部屋の中は元より、喫茶店や職員室、会社の中、そして電車の中でも煙草を吸っている。

そして、煙草の吸い殻をそのまま路上に捨てている。

それらは、当時の習慣や文化であり、今と大きく違う。

また、言葉も当時流行っていた言葉を使っている。

例えば、「いかす」、「ナンセンス」、「諸君」、女性に対して「〜君」とさんではなく君と呼んでいる。

ちなみに、今の小学校では男女平等の観点から男女共「〜さん」と呼んでいる。


それも、時代の背景の現れだ。


また、僕達が子供の頃は、男性は「〜君」、女性は「〜さん」と呼び方を変えていた。


言葉は、時代により、変化して行っている最たるものだろう。


ドラマを見るとその時の髪型やファッションが分かるから面白い。

また、古いドラマから知らなかった当時の文化や風俗、様子が分かるのも、新しい知識を得ることが出来る。

それも、古いドラマを観る楽しみの一つである。

また、同じ時代を生きた者同士の共通の体験で話が盛り上がることもあるだろう。


古きものから新しきを知る。

知らなかった世界を知ることは、新鮮であり、学びや気づきがある。

そして、良いもの、本質的なことは時代に関係なく、僕達の心に響き、学びがある。

僕達の今までの制限された枠の中だけで生きるのではなく、その枠を広げて行くことに楽しみが広がっていく。

温故知新でわくわく楽しい人生である。


わくわく楽しい人生を送って生きたい(行きたい)ものである。



《人生わくわく倶楽部》


【温故知新なわくわくする生き方】vol.1


僕の最近の日課は、TVerで『俺たちの旅』を観ることだ。


『俺たちの旅』は、言わずと知れた50年前に人気のあった青春ドラマだ。


今年の1月4日に50年後の3人の姿を描いたドラマが放映された。


僕は、まだその番組は観ていないので、どんなストーリーなのかは知らない。


『俺たちの旅』の存在は、有名なのでかなり前から知ってはいたが、実際に観たことはなかった。


登場人物が、中村雅俊さんがカースケ、田中健さんがオメダ、秋野大作さんがグズ六と言うのは知っていた。


しかし、なぜそのように呼ばれているのかは僕は知らなかった。


今回、TVerで全作品がアップされたので、折角だし、一度観てみようと思い、第一話から順々に観て行っている。


基本的に僕は一日一話を観る様にしている。


だから、『俺たちの旅』を観ることが、今の僕の日課になっている。


見始めると、色々と気付くことがあった。


笑いあり、熱い思いありと引き込まれて行く内容で、このドラマを観ることが、僕の毎日の楽しみになっている。


オープニングから各話のタイトル、途中の効果音、エンディングのその日のストーリーに合わせた詩等々、どこかで見た構成だと僕は直ぐに気づいた。


それは、『ゆうひが丘の総理大臣』であった。


僕は、『ゆうひが丘の総理大臣』のドラマが大好きで何度も何度も観ている。


『俺たちの旅』と同じ『ゆうひが丘の総理大臣』も主演は、中村雅俊さんである。


どちらの番組もユニオン映画が制作している。


ここにも、共通点があった。


『俺たちの旅』は、1975年10月5日〜1976年10月10日迄の一年間放映されていた。


『ゆうひが丘の総理大臣』は、1978年10月11日〜1979年10月10日と同じく一年間の放映であった。


当時は、年間クールでドラマの放映をしていたのだなと改めて僕は記録を見て気づいた。


『俺たちの旅』に登場する主役の3人が住むアパート「たちばな荘」とそこの大家さんが経営する「いろは食堂」、初めてそのシーンを見た時に、僕は、「あれっ、これって『ゆうひが丘の総理大臣』に出て来る「大ふく荘」とそこの大家さんが経営する「キッチンかおる」と同じじゃないの?」

と僕は一人興奮していた。


そこで、すぐさま、僕はスマホのAIでそれを調べると、やはり同じ場所で撮影していると出て来た。


やはり、そうかと僕は一人で腑に落ち、納得し、喜んでいた。


順番としては、『俺たちの旅』の方が先に放映されているので、『ゆうひが丘の総理大臣』の方が同じ場所、同じ構成になっている。


しかし、僕は先に『ゆうひが丘の総理大臣』の方を何度も観ていて、今回初めて『俺たちの旅』を観ているので、「あっ!ゆうひがの総理大臣」と同じと一人興奮している。


『ゆうひがの総理大臣』が大好きなので、同じ構成やストーリー性である『俺たちの旅』が直ぐに気にいるのも至極当然だと僕は思った。


『俺たちの旅』には、僕が好きな趣向が散りばめられていて、そして何度も観た親近感と親和性があり、一気に『俺たちの旅』は僕のお気に入りになった。


僕の好きなテイストは、本質的に変わらず同じであるから、似たようなものを好きになるのだろう。


過去に放映されたドラマでも一度も観ていなければ、それは僕にとって新鮮であり、新作と同じである。


それは、音楽や本、映画、絵画、あるいは土地や香り、食べ物等々でも同じである。


僕達が認知出来ているのは、この広い世界の中でほんの一部に過ぎない。


僕達は、『制限された範囲』の中でしか物事を知り得ていないし体験もしていない。


まだまだ僕達には未開の地(知)が沢山ある。


今回、50年前のドラマをiPadを使い、TVerで観ている。


過去のドラマを現代のデジタルツールで観て、そしてAIを使って直ぐに調べた。


まさに、アナログとデジタル、過去と現代の融合である。


そこに『温故知新』でわくわく楽しい世界が繰り広げられ、広がって行っている。


僕達には、まだまだわくわく楽しい世界が待っている。