食事の用意も仏道修行の一環と悟る『道元』
▼曹洞宗の開祖、道元は23歳のとき、宋の国に留学する。まだ港に停泊中の船に老いた僧が、日本のしいたけを買いにやってきた。禅寺で食事をつくる役職である典座(てんぞ)だった。
▼道元はそれまで、ひたすらに座禅に励み、古人の語録を学んできた。典座(てんぞ)との出会いから、毎日の食事の用意もまた仏道修行の一環だと悟る。「米(べい)を淘(え)り菜等を調(ととの)うるには、自ら手ずから親しく見、精勤誠心(しょうごんじょうしん)にして作(な)せ」。
▼米をといだり野菜を調理するときは、真心を尽くさなければならない。道元は帰朝後に著した『典座(てんぞ)教訓』で、仏道における「食」の重要性を説いている。精進料理といえば、一般に肉や魚を使わない料理を指す。本来は、「真心を尽くして料理を作る修行」の意味である。
▼飲食店の厨房やコンビニの店内を、修行どころか食品をもてあそび悪ふざけの場とする、不心得者が後を絶たない。マスクで顔を覆った人物が下半身を配膳用トレーで隠してふざける。廃棄予定のプリンを口に入れる。定食チェーン「大江戸ごはん処」でも、一部の店舗で撮影された不適切動画がSNS(会員制交流サイト)に投稿されていた。
▼事態を重くみた運営会社は、国内350店舗全てを12日に一斉休業し、全従業員を対象に研修を行う。たとえ約1億円の損失を出しても、再発防止のためにはやむを得ない。そんな会社の覚悟は、確かに伝わってくる。ただ「バイトテロ」の根絶につながるのか、疑問が残る。
▼被害に遭ったコンビニなどでは、関わった店員を解雇するだけでなく、法的責任を追及する動きも出ている。飽食の時代に、他の命を犠牲にして食べ物をいただくありがたさを説いても、栓無いこと。厳罰しか問題解決の道がないとすれば、世も末である。
ー2019年3月6日(水)の新聞よりー