市ヶ谷八幡![]()
🔶平蔵は江戸城・濠端(ほりばた)を市ヶ谷御門まで来ると、右へ切れて左内坂を上り、市ヶ谷八幡の北門から境内へ入った。
ここも江戸で名高い場所で、八幡宮の参詣と歓楽とが何の矛盾(むじゅん)もなしに同居していることは根津権現と同様で、門前町の岡場所は山の手でも有名だ。
境内をひとまわりしてから、崖縁(がけふち)の茶店へ入り、茶をもらって、編笠をかぶったまま、平蔵はしばらく休むことにした。ややあって、茶代をはらい、立ち上がったとき、
(や・・・・・・?)
笠のうちから平蔵は彼方を見やり、
(笠屋の女房ではないか・・・・・・)
その通りであった。
いましも拝殿の方から正面石段へ向う女は、まさにお富である。平蔵は後をつけた。
高い石段を下るにつれ、料理茶屋がふえ、総門手前から門前町へかけて、人出も多くなる。
お富は、ゆるゆるとした足どりで石段を下って行く。
どこを通って市ヶ谷まで来たのか、それもよくおぼえてはいない。石段を下りきったところに大鳥居があった。ここまで来て、お富の足どりが微妙に変った。
総門の方から来る老年の立派な身なりの男に、お富の勘がひらめいたのである。
すれちがった。掏摸盗った。
急ぎ足に尚もすすみ、また一人。
お富の躰は快感にふるえた。
総門をくぐり、門前町の人ごみへまぎれこんだ。
平蔵は、巧妙に彼女の後をつけながら、
(ふうむ。あざやかなものだ)
あきれ果て、お富の技術(わざ)に瞠目した。
(やはりなあ・・・・・・習慣(ならい)は性格(せい)になるというが・・・・・・あの女房、わが手のゆびのうごくのを、わが理性(こころ)で制し切れなくなってしまったらしい)
(二)女掏摸お富