盗賊・夜鴉の仙之助

 

🔶舟が川面をすべり出す。

 このとき、苫屋根(とまやね)の下からぬっと顔を出した四十男が、

「おまさ。久しぶりだな」

「あっ・・・・・・」

「おぼえていてくれたかよ、この夜鴉の声を・・・・・・」

 おまさの手が、微(かす)かにふるえ、唇(くち)は血がにじむほどに噛みしめられていた。

(二十三)特別長編 炎の色 囮(おとり)

 

 

 

🔶あれは、何年前のことであったろう・・・・・。

 おまさが、先代・荒神の助太郎の盗めを手つだっていたときのことだ。

 尾張・名古屋での大きな盗めをひかえ、おまさは夜鴉の仙之助と組み、連絡(つなぎ)の役についていた。

 仙之助は、名古屋の役者あがりと聞いたが、いかにもそれらしく、肌の色が白く、眉毛(まゆげ)の薄い男で、おまさがひそかに、

(いやな男・・・・・)

 直感をしたのは、細い両眼の光りが不気味だったのと、唇の色が肌の色と同じように白いことであった。

 荒神一味の者の中には、唇が何処にあるかわからないというので、

「口なしの仙之助」

 などと、陰でよんだりしていた。

 

 それと、この男の肌の匂い・・・・・これは、おまさだけが、そう感じたのやも知れぬが、梅雨(つゆ)どきの床下などからただよってくる湿った瘴気(しょうき)のような体臭を嗅(か)ぐと、気が滅入(めい)ってきたものである。

 仙之助は、その前に一度もおまさへ言い寄ったり、口説(くど)いたりしたことはなく、いきなり、おまさを犯した。

 場所は、名古屋に近い岡崎の宿外(しゅくはず)れの百姓家(盗人宿)で、二人きりのとき、仙之助は先ず何気ない様子で酒をすすめた。

 いつものことだったし、猪口(ちょこ)で、わずかに二杯。それだけのんだら、おまさの躰がいうことをきかなくなってしまった。仙之助が前もって、何やら痺(しび)れ薬のようなものを酒にまぜておいたらしい。

 おまさを物もいわずに押し倒して丸裸にし、仙之助は一言も口をきかず、おもうさま嬲(なぶ)りつくした。

(畜生、畜生・・・・・)

 意識はあるのだが、手も足も痺れてしまい、抵抗の仕様がない。声も出なかった。

 いっそ気を失ってしまったほうが増しだったろう。

 

 冷やかに、こちらの顔を見つめながら、長い長い時間を嬲りものにされた屈辱(くつじょく)は、その後の歳月を重ねても、おまさの脳裡(のうり)から消えなかった。

 このことがあって間もなく、名古屋の大仕事が終り、おまさは荒神一味から身を引き、元の「独りばたらき」へもどったのである。

 夜鴉の仙之助の卑劣(ひれつ)なふるまいを、おまさが首領・荒神の助太郎に告げなかったのは、自分が荒神の身内ではない独りばたらきだったのと、

(私にも油断があった・・・・・)

 そして、仙之助が盗人宿を出て行くとき、

「おまさ。今日のことは、お前(めえ)の胸の中へ仕舞っておけ。そうでねえと殺(や)るぜ」

 この「殺るぜ」が単なる威(おど)しでないことは、おまさほどの女なら、たちどころにわかる。

(二十三)特別長編 炎の色 荒神のお夏

 

 

 

🔶夜鴉の仙之助は湊橋のたもとまで逃げ、川へ飛び込みかけたところへ、小柳安五郎が突棒(つくぼう)を投げた。この突棒が足にからみ、横ざまに倒れるところを、

「御用だ!」

 飛びかかった小柳が組みついて引っ捕えられた。

 余談だが、捕えられた仙之助は食を断ち、いかなる拷問(ごうもん)にかけられても口を割らず獄死したという。

(二十三)押し込みの夜

 

 

 

 

夜鴉の仙之助に関わる者

 

牛子の久八

・「私は峰山一味の者で、牛子の久八といいます。すまねえが、おまささん。目隠しをさせてもらいますぜ」

 久八という中年男は、ていねいな口をきいた。用意してあった新しい手ぬぐいで、おまさの目隠しをしてから、

「こうしろ、と、峰山のお頭にいわれましたのでね」

 しずかに言う。

(二十三)荒神のお夏

 

 

荒神の助太郎

・仙之助のすることに狂いはなく、荒神の助太郎も信頼していたようだ。

(二十三)荒神のお夏

 

 

おまさ

・おまさのとなりから、湿った土のような匂いがただよってきた。おまさは、この匂いにおぼえがあった。夜鴉の仙之助の躰の匂いなのである。おまさは吐気をもよおしたが、堪(こら)えた。

(二十三)荒神のお夏