お百(珊瑚玉のお吉)
◆あれから、生まれたばかりの紋蔵を抱き、上総・飯野の笠屋へ後妻に入り、それから笹子の長兵衛の女房になるまでのいきさつについては、
「そんなことをくだくだとはなして見ても、はじまることか・・・・・」
お百は吐き捨てるように、いいはなったそうだ。
お百は、笹子の長兵衛と夫婦になってから、
「珊瑚玉のお吉」
とよばれ、女賊としての引き込みもたびたびやったそうである。
だが・・・・・。
お百は、盗賊の仲間に身を落しても、あのときの[本所の銕]の温情を一日たりとも忘れなかったと見える。
その本所の銕が、いまは江戸市中に隠れもない火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵となっているのを知り、平蔵が治安をまもる江戸府内においての畜生ばたらきを、我子にさせることだけは、なんとしても、
「やめさせたかったのであろう」
と、平蔵はいった。
お百も、おもい悩んだに相違ない。そうして、ついに、我子を、
「売った・・・・・」
のである。
(十一)密告
お百に関わった者
相模の彦十
・このときの模様を、彦十が三右衛門に、こう語っている。
「ばかな野郎どもよ。あっという間もねえや。ばたばたと十人が、銕つぁんの当身(あてみ)をくらって引っくり返り、逃げようとする小平次も取っ捕まってね。小平次の野郎、左腕をへし折られちまったよ」
三右衛門
・車屋の亭主・三右衛門は、十六歳のお百の妊娠に気づき、びっくりして問いつめると、相手は、横山小平次だという。
三右衛門は、
(これは困った・・・・・)
と、おもった。
何といっても相手が悪い。小平次はさておき、小平次を取り巻いている無頼どもが恐ろしい。
長谷川銕三郎
・半死半生の態で、お百が戸板へ乗せられ、車屋へ運び込まれたのは、その夜ふけであった。
「もう、こうなっては、私どもをたよるよりほかに、道はなかったのでございましょう」
と、車屋の三右衛門が長谷川平蔵へ、はじめてうったえた。
お百が身も世もなく泣きくずれながら、打ちあけるのをきいて、平蔵は、
「まかせておけ」
横山小平次
・高い石段から突き落し、棍棒(こんぼう)で、お百の身ごもった腹をなぐりつけ、
「お百。これで、腹の子は流れるさ」
いい捨てるや、気をうしなったお百を残し、さっさと屋敷へ帰ってしまった。
聖天宮の石段から落ちたとき、左脚の骨を折っていたのである。この脚は、ついに癒らず、お百はびっこを引くようになってしまったのだ。