お百(珊瑚玉のお吉)

 

あれから、生まれたばかりの紋蔵を抱き、上総・飯野の笠屋へ後妻に入り、それから笹子の長兵衛の女房になるまでのいきさつについては、

「そんなことをくだくだとはなして見ても、はじまることか・・・・・」

 お百は吐き捨てるように、いいはなったそうだ。

 お百は、笹子の長兵衛と夫婦になってから、

「珊瑚玉のお吉」

 とよばれ、女賊としての引き込みもたびたびやったそうである。

 

 だが・・・・・。

 お百は、盗賊の仲間に身を落しても、あのときの[本所の銕]の温情を一日たりとも忘れなかったと見える。

 その本所の銕が、いまは江戸市中に隠れもない火付盗賊改方の長官・長谷川平蔵となっているのを知り、平蔵が治安をまもる江戸府内においての畜生ばたらきを、我子にさせることだけは、なんとしても、

「やめさせたかったのであろう」

 と、平蔵はいった。

 お百も、おもい悩んだに相違ない。そうして、ついに、我子を、

「売った・・・・・」

 のである。

(十一)密告

 

 

お百に関わった者

 

相模の彦十

・このときの模様を、彦十が三右衛門に、こう語っている。

「ばかな野郎どもよ。あっという間もねえや。ばたばたと十人が、銕つぁんの当身(あてみ)をくらって引っくり返り、逃げようとする小平次も取っ捕まってね。小平次の野郎、左腕をへし折られちまったよ」

 

三右衛門

・車屋の亭主・三右衛門は、十六歳のお百の妊娠に気づき、びっくりして問いつめると、相手は、横山小平次だという。

 三右衛門は、

(これは困った・・・・・)

 と、おもった。

 何といっても相手が悪い。小平次はさておき、小平次を取り巻いている無頼どもが恐ろしい。

 

長谷川銕三郎

半死半生の態で、お百が戸板へ乗せられ、車屋へ運び込まれたのは、その夜ふけであった。

「もう、こうなっては、私どもをたよるよりほかに、道はなかったのでございましょう」

 と、車屋の三右衛門が長谷川平蔵へ、はじめてうったえた。

 お百が身も世もなく泣きくずれながら、打ちあけるのをきいて、平蔵は、

「まかせておけ」

 

横山小平次

・高い石段から突き落し、棍棒(こんぼう)で、お百の身ごもった腹をなぐりつけ、

「お百。これで、腹の子は流れるさ」

 いい捨てるや、気をうしなったお百を残し、さっさと屋敷へ帰ってしまった。

 聖天宮の石段から落ちたとき、左脚の骨を折っていたのである。この脚は、ついに癒らず、お百はびっこを引くようになってしまったのだ。