本格盗人
一、盗まれて難儀をするものには手を出さぬこと。
一、盗めするとき、人を殺傷せぬこと。
一、女を手ごめにせぬこと。
この三カ条が真の盗賊の金科玉条というものである。
本格盗賊・尻毛の長右衛門
◆糸瓜(へちま)のように長い顔だ。その長い顔の上半分に目と鼻があり、鼻の下が三寸も長く、それから口になる。つまり、顔の半分を口が一人占めにしているのだ。
また[尻毛]と異名をとっただけあって、手足も躰も毛むくじゃらで、耳の穴からも長い毛が生え、外へはみ出している。
尻毛の長右衛門は、駿河・三河・遠江の東海地方で盗めをすることが多い。
江戸へも三、四年に一度はやって来て、この前は、神田鍋町の茶問屋・岩附(いわつき)屋新三郎方へ押し込み、一人の殺傷もせず、千八百七十余両を盗んで消えた。
このときは、長谷川平蔵が懸命の探索にもかかわらず、尻毛一味は、まんまと江戸を脱け出してしまっている。
尻毛一味の、江戸における本拠は、深川清住町の霊雲院(れいうんいん)門前に近い万年橋の南詰にある。
その一角にある[利根屋八蔵]という釣道具屋が、それであった。
いうまでもなく利根屋八蔵は、尻毛の長右衛門の配下で、ここが盗人宿になっているのだ。
そのほかに、深川・本所・浅草と、合せて三ヵ所の盗人宿があり、二十五名の配下は、それぞれに分散して押し込みの夜を待っている。
(十四)尻毛の長右衛門
尻毛の長右衛門に関わる者
おしま
・長右衛門の身のまわりは、利根屋八蔵の女房おしまがしている。
おしまは五十がらみの、灰汁(あく)ぬけのした老婆で、なんでも若いころは駿府(現・静岡市)の廓(くるわ)にいたそうな。
(十四)尻毛の長右衛門
おすみ
・低い鼻にへの字形の唇。髪は縮れ毛だし、両眼は大きく見ひらかれて、いつも煌めいている。当時の十九のむすめにとっては、もはや絶望的な容貌だといってよいおすみなのだが、引き込みとして商家の下女になりすますには、打ってつけの容貌なのである。
(十四)尻毛の長右衛門
利根屋八蔵
・あるじの八蔵は六十がらみの矍鑠(かくしゃく)とした老爺で、十年ほど前に、ここへ店を出したのだが、土地(ところ)の評判もよく、釣舟も一艘(そう)もっており、客を乗せて川へ海へ出ることもめずらしくない。
(十四)尻毛の長右衛門
布目の半太郎
・蓑火の喜之助のもとで修業した盗人。いまは尻毛の長右衛門配下。引き込み女のおすみと深い仲になるが、長右衛門におすみを女房にしたいと打ち明けられて、一味を抜ける。
藤枝の重兵衛
・長右衛門が[片腕]ともたのむ男で、浅草の盗人宿にいる中年の盗賊。
(十四)尻毛の長右衛門
峰崎の音七
・尻毛一味の盗賊で、辛うじて逃(のが)れることを得た峰崎の音七というのが、平十のところへあらわれ、
「お頭が、鬼の平蔵に捕まってしまった。引き込みのおすみと連絡(つなぎ)をしていた布目の半太郎も死んだとよ。それが、な・・・・・」
知っているかぎりのことを、平十へ語ってから、
「何が何だか、おれにも、さっぱりわからねえ」
(十四)殿さま栄五郎
簑火の喜之助
・尻毛の長右衛門は、若いころは、蓑火の喜之助の許にいたこともあった。