貴族の遊びが武家、庶民へ
懐かしさを呼び起こすお正月に遊んだ玩具。
和紙や木、貝殻などさまざまなもので作られている。
師匠が東奔西走する慌ただしい年の瀬を過ぎると、日本中が厳かな気分にひたるお正月はもうすぐそこ。除夜の鐘で煩悩を払い、初詣で一年の計を立てた後、子どもの頃の楽しみはお正月遊びだった。カルタ、双六(すごろく)、凧(たこ)揚げ、福笑い。今では工業製品として大量生産されるものも多いが、古くは日本の伝統文化である和紙でつくられていた。和紙は洋紙に比べて繊維が長く、強靭(きょうじん)で独特の風合いを持つ。昔ながらの玩具はもともと、平安貴族の遊びとして始まったものが多く、貴重だった和紙を贅沢に使えたのだろう。
雅な遊びの雰囲気を色濃く残すカルタは、「貝覆(かいおお)い」という遊びにまでさかのぼることができる。蛤(はまぐり)などの二枚貝は左右の貝殻の模様が同じで、他の貝殻とは決して合わない特性がある。二枚の片方を地貝(ぢがい)、他方を出貝(だしがい)として左右に分け、ばらばらに並べた貝殻から対になるもう一方を探し出す遊びだった。やがて、貝殻の内側に一首の歌の上の句と下の句を書き、歌にちなんだ絵を装飾するようになっていく。
この「貝覆い」がポルトガル渡来のカードゲームの影響を受け、ただの遊びではなく見て楽しむ、古典の教養を身につけるなどの側面を持つ、日本独自のカルタ文化が花開いた。
平安時代以降、貴族の娘たちの間で遊ばれていた「貝覆い」。
内側に、有名絵師によって極彩色の絵を描かせるなど、権勢と財力を競った
カルタ 「いろはかるた」は時代を映す鏡
カルタが庶民にまで広まったのは江戸時代だが、大きく2つの系統があった。一つは、平安時代以来の貝覆いに由来するもの。もう一つは、ヨーロッパ伝来のゲームの流れを組むもの。カルタの語源はポルトガル語の「Carta(カルタ)」。英語では「Card(カード)」となり、紙でできた札や手紙、そしてトランプなどを意味する。
室町時代後期から安土桃山時代にかけて、ポルトガルから伝えられたカルタは、4種の絵札・各12枚で構成される、今でいうトランプだった。それを国産化したのが、九州・筑後の三池地方でつくられた「天正かるた」。最初は西洋風の絵柄を再現ぢていたが、後に鎧(よろい)兜(かぶと)の武士が描かれるなど、日本風に変化していく。江戸時代には大衆化が進み、武将像や七福神などを描き、札数は5種・各15枚の「うんすんかるた」が流行した。「うん」は1,「すん」は最高位を示し、「うんとかすんとかいってみな」の語源は、この「うんすんかるた」とされている。
貝殻の内側に和歌の上の句・下の句を書いた貝覆いは、江戸時代に「百人一首かるた」や「いろはかるた」として、現在につながる形に発展していく。庶民の遊びとして流行した「いろはかるた」には、教訓や道徳心を教えることわざが使われていたが、幕末には英語を学ぶための「英和かるた」。昭和には漫画のキャラクターを題材にしたものが生まれ、その時代の文化を映した。
江戸時代の2つの流れ
室町時代にポルトガルの船員から伝わったトランプを日本で作り替えた。
1861年、歌川芳藤作(日本公文教育研究会所蔵)
西洋のトランプの影響が大きい「うんすんかるた」は、遊び方を含めて一時期途絶えていたが、現在は熊本県人吉市の県指定重要無形文化財。当地で開催される大会には全国各地からファンが集まる。日本人にもっともなじみ深いお正月遊びの一つ「いろはかるた」は意外に郷土色豊か。使われることわざは江戸・上方・尾張で異なる部分が多いのだ。
地方によって異なる「ことわざ」
江戸 上方 尾張
い 犬も歩けば棒に当たる 一寸先は闇 一を聞いて十を知る
ろ 論より証拠 論語読みの論語知らず 六十の三つ子
は 花より団子 針の穴から天を覗く 花より団子
に 憎まれっ子世にはばかる 二階から目薬 憎まれっ子頭堅し
ほ 骨折り損のくたびれ儲け 仏の顔も三度 惚れたが因果
へ 屁をひって尻すぼめる 下手の長談義 下手の長談義
と 年寄りの冷や水 豆腐に鎹(かすがい) 遠くの一家より近くの隣り
ー2015年 新年号 旅の友 よりー
懐かしさを呼び起こすお正月に遊んだ玩具。和紙や木、貝殻などさまざまなもので作られている



