捕縄術の歴史と技

 

 江戸時代、火付盗賊改方や奉行所の役人は、犯人の取り押さえや確保の際に、

 

 

縄を用いて捕縛する、捕縄(とりなわ)という武術を使うことが多かった。

 

 

 

捕縄の技術

 

 

 

 

 捕縄は武芸十八般のひとつに数えられる日本独特の伝統武術である。

 

 

 平安、鎌倉時代の絵巻物には、すでに首縄、後ろ手、逆海老といったさまざまな捕縄の技が描かれている。以後、流派が分かれ、関口流、無辺流など50以上に及び、さらに縄の掛け方は500種類超にも及ぶ。江戸時代になると、主に犯罪者と接する奉行所の役人や火盗改メの配下が捕縄術を学んだ。

 

 

 捕縄術を大きく分けると、「早縄」と「本縄」の2種類がある。同心や御用聞き(岡っ引き)が容疑者を捕らえると、まず、早縄で腕を拘束。容疑者が犯人と確定した時点で本縄に掛け替えた。

 

 

 


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召し捕る際、「早縄」で暴れる犯人を拘束。短時間に手際よく行われた。(『徳川幕府刑事図譜』/明治大学博物館所蔵)

 

 

 

 

 「早縄」の掛け方は、暴れる相手を働けなくするため、短時間に手際よく行わなければならない。1本縄で縛り、結び目をつくらない流派は多い。江戸の奉行所同心が掛ける早縄は結び目をつくらないことが多かった。その理由は誤認逮捕の場合、あとで責任問題にならないよう、結び目をつくらぬ縛り方で「縛ったのではない巻いただけだ」と言い訳ができるようにしたためだ。

 

 

 結び目がないとはいっても、縄尻を縄の下から通してからめるので、簡単には縄抜けされなかった。また、縄の先端にあらかじめ鈎(かぎ)を取り付け、この鈎縄(かぎなわ)を相手の着物の襟などに引っ掛けてからぐるぐる巻きにする場合もあった。より手早く拘束できるため、生け捕りの際は大いに役立った。

 

 

 一方、「本縄」の掛け方は早縄に比べて非常に慎重であった。縄を掛ける時は縄を持つ者の他に、必ず前と左右に十手か棒を持つ者が立って、被縛者を動かぬようにする。そのため、複雑な縄掛けも余裕をもってできた。

 

 

 本縄にもさまざまな手法がある。例えば、「渡し縄」は、他藩領内に逃げ込んだ犯罪者を藩境(はんざかい)で引き渡す時の掛け方。罪人には決して解けない結び方ながら、縄を持つ役人が結び目の部分を引っ張ると渡し縄は簡単にほどける。これは縛り方の秘密を他藩に知らせないために編み出されたという説がある。また、当時高価だった縄を切らずに回収できるので藩の財政面にも利点があった。

 

 

 

捕縛の種類

 

 

 

 捕縛には信仰心も大いに関わっている。日本人は神社の注連縄(しめなわ)など、古くから結び方を呪術、信仰のシンボルとしていた。水引きの結び方も冠婚葬祭によって異なるなど、工夫が凝らされている。役人が捕縄を掛けるのも、神仏に代わって悪を縛るという思想が根底にあった。

 

 

 江戸時代はことに形式を重んじた時代で、武士を捕える場合は武士のための縄の掛け方が要求された。

 

 

 捕縛者の身分によっても特別な捕縛術があったようだ。主に御用聞きがふところに隠し持ち、容疑者を連行する際に使用した「早手錠」と呼ばれる手づくりの手錠もあった。素材は金属や象牙など。別名「駒」と呼ばれ、犯人の手首をひもでひと巻きにして駒を握って連行した。

 

 

 このように、江戸時代には確立していた捕縄術。昭和初期まで、日本の警察機構においては、「逮捕術」の一科目として積極的に教えられていた。

 

 

 しかし、手錠の普及によって必要性がなくなったことから、現在では逮捕術の科目から外されている。

 

 

 

部署や季節によって色が異なった縄

 

 


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捕縛に使う縄は、季節や各奉行所によって色や太さを替えていた。

(「名和コレクション捕縛縄五本」明治大学博物館所蔵)

 

 

 江戸時代において町奉行所などの捕縄術(とりなわじゅつ)には作法があり、四季によって縛る時の犯人の向きや縄の色を変えたといわれている。春は青色染めの縄で犯人を東の方向に向かせ掛けた。夏は赤い縄で南向き、秋は白縄で西向き、冬は黒縄で北向きという具合だ。ただ、抵抗する容疑者もいたため、あくまで作法だったといわれている。

 

 また、幕末の頃の記録では、季節に関係なく奉行所によって色や太さが異なる縄が用いられたようだ。北町奉行同心は白染縄。南町奉行所同心と牢屋敷は紺染縄。勘定奉行関係は三番白縄、火付盗賊改や寺社奉行所は白細引きを使用したとされている。

 

 

 

 

捕縄という形式美

 

 

 

捕縄術は

 

 

縄抜けできない。

 

掛け方が見破られない。

 

長時間縛っても神経血管を痛めない。

 

見た目に美しい

 

ーーーが必須条件だった。

 

 

二重菱縄(武士)


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縄を使い、前手首を縛り、首に掛けた縄から両ひじ、手首に掛けて菱縄が二重になるようにする方法。

 

 

十文字縄(町人)



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首縄とひじ縄とを十文字に直結して結ぶ方法。(『一角流手棒目録』/明治大学博物館所蔵)

 

 

 

主な捕縛の種類

 

身分/罪状   捕縛の種類        その方法                   性別

  

 武士      二重菱縄        前手首を縛り、首縄から両ひじ、            男

       (にじゅうひしなわ)    手首に掛けて菱縄が二重になるようにする

 

 町人      十文字縄        首縄とひじ縄と手首を十文字に直結する       男

 

       (じゅうもんじなわ)  

           上縄        背面は上ひじと手首を菱形に編んだように縛る     男

          (かみなわ)

          乳掛縄          首に数珠掛けをするように縄輪をたらして      女

        (ちちかけなわ)          両手を前にし、両腕を緊縛する

 僧侶      鷹の羽返し縄     前手首に縄を掛け、さらにひじと間接の        男
       (たかのはねかえしなわ)   少し下にも縄を掛ける

死罪以上の罪人  切縄(きりなわ)   腕は腕、足は足と別の縄を掛ける          男

ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 13-