火盗改メ同心・忠吾は、お雪という娘に惚れ、結婚を申し込むがーーー

 

 木村忠吾は、男たちに絡まれていた足袋屋・つちや善四郎の姪・お雪を助ける。お雪の可愛らしさに心奪われ、次第に惚れ込んだ忠吾は、結婚を申し込んだ。しかし、善四郎は、本格の大盗・鈴鹿の又兵衛の義弟。お雪は又兵衛のひとり娘だったが、2人は何も知らない。折しも又兵衛は引退を決意し、最後の大仕事のための準備を始めていた。事態を察した平蔵は、忠吾には内緒で又兵衛捕縛のために動き出す。忠吾とお雪の恋の行方は・・・・・。

 

 

 

 

火盗改メ同心と盗賊の娘の恋 

 

 

 

    ~忠吾恋物語~


 

木村忠吾の恋愛(?)遍歴

 

 平蔵に可愛がられ、ファンの間でも人気の高い火付盗賊改方のムードメーカー、同心・木村忠吾。食べ歩きと女遊びに余念のない彼が、あろうことか盗賊の娘と恋に落ち、かつてなく純な側面を見せる「忠吾なみだ雨」は、数ある「鬼平犯科帳」シリーズのなかでも屈指のラブストーリーに仕上がっている。

 

 

 自他ともに認める”軟派”の忠吾が、本気で結婚を考えるのは今回が初めて。もっとも、縁談をもちかけられたことはある。京都西町奉行所の浦辺彦太郎与力に、娘の妙をもらってくれと頼まれたのだ(第1シリーズ第12話「スペシャル 兇剣」)。忠吾もその気にはなるが、あくまでも、妙が美人だったからという軽いノリ。その感覚は、通りすがりの美女に声をかけるのとあまり変わらない。

 

 

 その頃の彼が熱を上げるのは、いわゆる”プロ”の女性たち。第3シリーズ第7話「谷中いろは茶屋」のお松には破産するほど入れ上げた。だが、どんなに惚れ込んではいても娼婦と客という一線を越えようとはしないところが、さすがに遊び慣れている。

 

 

 

しろうと娘に初めて惚れる

 

 

 

 田原町の足袋屋・つちや善四郎の姪、お雪と親しくなったのも、一目見て容姿が気に入ったという、いつもの気軽な馴れ初め。しかし、相手は純真無垢な町娘。平蔵に「惚れっぽい」と評されはしても、手練手管を知り尽くした女たちとの疑似恋愛しか知らなかった忠吾が、汁粉屋で恥じらうお雪の初々しさに思わず本気で惹かれていくようすが丁寧に描かれ、その男心がひしひしと伝わってくる。だが、お雪は盗賊の娘。その結末が悲しいものであることは、火を見るよりも明らかだ。

 

 

 

所詮は結ばれぬ運命の恋

 

 

 

 身分の違いだけなら、養子縁組で何とかなるが、火盗改メの役人と盗賊の身内では、どうすることもできない。かつて同心の小野十蔵が、純粋に優しい気持ちから盗賊の内妻・おふじと情を通じて、結果的に身を滅ぼした例もある(第1シリーズ第6話「むっつり十蔵」)。

 

 

 その切なさを誰よりもよく知っているのが、密偵・おまさだ。盗賊・鶴の忠助の娘で、10歳の頃から平蔵に思いを寄せてきたおまさが忠吾とお雪を見守る役目を引き受けることで、本作は切なさの二重奏を生み出した。決して結ばれることのない2つの恋。そのつらさを、ラストシーンの忠吾のなみだが雄弁に物語っている。

 

 

 

 

 

娘の恋と盗めの 板ばさみになった老盗

 


 

鈴鹿の又兵衛役・・・高松英郎

 1929年、高知県出身。早稲田中学に進みパイロットを目指すが敗戦で断念。51年に大映入社、久松靜児監督作品「怒れ三平」(53年)で映画デビュー。いかつい容貌から悪役が多かったが、木訥なイメージも強く、人間味溢れる役柄が得意。ドラマ「柔道一直線」(69年)で主人公の師匠役を演じて人気俳優となった。07年、心筋梗塞のため鬼籍に入る。

 


 

原作を読む! 


 

鬼平犯科帳(2) 第6話「お雪の乳房」


 

しろうと娘の初々しさに 

   結婚願望が目覚めた忠吾

 

 原作の題名は「お雪の乳房」。物語の筋立てはドラマに描かれた通りだが、こちらの忠吾は、お雪に寄せる思いの質がまったく違う。結婚を決意するのも”愛情”ではなく”愛着”のため。

 

 その違いが如実に表れたのはラストシーン。原作では、忠吾はひたすらお雪の乳房を懐かしみ、傷心の後輩を慰めようと来てくれた山田同心を、かえって呆れさせる。さばさばとした原作と純愛のドラマ、どちらの忠吾もそれぞれに魅力的だ。

 

ー鬼平犯科帳 DVDコレクション 35-